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テクノロジーの地政学:小売(シリコンバレー編):新しい小売は「リアルとネット」の垣根をなくす

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「Software is Eating the World」。
この言葉が示すように、近年はソフトウェアの進化が製造業や金融業などさまざまな産業に影響を及ぼしています。そこで、具体的に既存産業をどのように侵食しつつあるのか、最新トレンドとその背景を専門外の方々にも分かりやすく解説する目的で始めたのが、オンライン講座「テクノロジーの地政学」です。
この連載では、全12回の講座内容をダイジェストでご紹介していきます。
講座を運営するのは、米シリコンバレーで約20年間働いている起業家で、現在はコンサルティングや投資業を行っている吉川欣也と、Webコンテンツプラットフォームoteの連載「決算が読めるようになるノート」で日米のテクノロジー企業の最新ビジネスモデルを解説しているシバタナオキです。我々2名が、特定の技術分野に精通する有識者をゲストとしてお招きし、シリコンバレーと中国の最新事情を交互に伺っていく形式で講座を行っています。
今回ご紹介するのは、第11回の講座「小売:シリコンバレー」編。ゲストは、大丸や松坂屋、パルコなどを運営するJ.フロントリテイリング株式会社で、テクノロジースタートアップ周辺の新規事業案件を担当している田端竜也氏です。

【ゲストプロフィール】

田端竜也氏
2011年に大丸松坂屋百貨店(J. フロントリテイリング)に入社。大丸札幌店にてワインアドバイザー/ソムリエとして売場運営に従事した後、2014年よりJ フロントリテイリングのIT新規事業開発室へ。以降、一貫してIT、スタートアップ周辺の新規事業案件に携わる。2016年には同社の経営戦略統括部・グループデジタル戦略部へ、2017年から経営戦略統括部・経営企画部の所属となり、現在は日米を往復して情報探索ならびに事業開発に従事している。明治大学大学院にて経営学修士、マレーシア工科大学大学院にて経営工学修士を取得。

Web技術に適応できない企業は倒産の憂き目に

新たなテクノロジーが台頭すると、それらを駆使する新興企業が既存のプレーヤーを打ち負かす「ジャイアントキリング」がよく起こります。小売・消費財の世界も例外ではありません。特に近年は、関連するスタートアップに注目が集まる一方、老舗と呼ばれる大手企業が苦境に陥るケースが多く見られます。各種の調査結果にも、その傾向が如実に表れているようです。

シバタ:小売のトレンドを知る上で、米の調査会社CB Insightsがいくつか興味深いデータを公表しているので紹介しましょう。

まずは、世界の小売・消費財プレーヤーに対する投資額の推移から。2013年までは年間で$500 Million(約500億円)以下だったのに、2014年くらいから急に額が増え始め、2017年は$2 Billion(約2000億円)くらいとなっています。これは過去最高の投資額で、投資案件もだいたい150~200と非常に増えています。

一方で、2015年以降に破産してしまった小売・消費財企業の数を見ると、一定以上の知名度があった企業だけでも40件近くに上るそうです。例えば、日本展開もしている玩具量販店の米トイザらスは、2017年9月に米連邦破産法11条の適用を申請し、2018年に全米の店舗を閉鎖しています。

吉川:他にも、衣料品メーカーの米American Apparel(アメリカンアパレル)や、全米最大級のスポーツ用品専門店チェーンSPORTS AUTHORITY(スポーツオーソリティ)など、みんなが知っているようなブランドもどんどん倒産していますね。

(破産したSPORTS AUTHORITYだが、日本事業はメガスポーツ(イオングループ)が運営を継続)

シバタ:ええ。次は、小売・消費財企業が「人工知能(以下、AI)や機械学習、画像認識のような最新技術について、自社の決算報告会でいつ言及したか?」を調べたデータがあるのですが、これが非常に示唆深い。

CB Insightsは「そもそも言及している企業が少ない」と前置きした上でいくつかの企業をピックアップしていて、EC関連だとオークションサイトの米eBay(イーベイ)は2015年の後半、ハンドメイドマーケットプレイスの米Etsy(エッツィー)は2016年の後半と、まぁまぁ早い段階で言及しています。

そして2017年の半ば以降になってやっと、米GAP(ギャップ)やBed Bath & Beyond(ベッド・バス・アンド・ビヨンド)、Walmart(ウォルマート)、OfficeDepot(オフィス・デポ)といった既存の大企業がこれらの技術活用について言及し始めます。

吉川:つまり、全体の投資額を見ると小売・消費財のマーケットを変えようとしているプレーヤーが増えつつあるけれど、リアルな実店舗が中心の企業はAIなど最新技術への対応が遅れていて、それすら考えなかった企業は倒産しているということでしょうか。ちょっと恣意的な調査ですが、大きなトレンドとしては合っていると思います。

シバタ:今度は具体的な小売のトレンドを見ていきましょう。いくつかキーワードがある中で、近年盛り上がっているのは「D2C」(Direct to Consumer)ですね。

これは自社製品をインターネット上で直販する、またはネットと直営店だけで売る形式のことで、量販店のような販売業者を介さないので高品質なものでも価格を低く抑えられる。D2Cのプレーヤーはまずオンライン販売限定で始めて、ある程度ブランドが確立された後に直営店も出すというパターンが多いです。

吉川:ユニコーン(企業の評価額が$1 Billion=約1000億円以上で非上場のベンチャー企業を指す言葉)になった眼鏡ブランドの米Warby Parker(ワービーパーカー)や、2017年、小売最大手のWalmartに$310 Million(約310億円)で買われたメンズアパレルブランドの米Bonobos(ボノボス)などが、そのパターンの成功例ですよね。

(D2Cブランドとして有名なWarby Parker)

ただ、Warby Parkerなんてもう80近い直営店を展開している反面、実店舗はそれほど賑わっていない印象があります。

田端:D2Cはもともと、SPA(speciality store retailer of private label apparelの略で、商品の企画・製造から小売までを一貫して行う「製造小売」のこと)が進化したモデルの一つです。「オンラインなら自社ブランドを一気に世界で売れる」という考え方がベースになっているため、そもそも実店舗は事業の“ノイズ”になりやすいのです。

成長戦略の一つとしてオフラインでも販路を作り、知名度と新たな顧客を獲得するというアプローチは正しいと思いますが、実店舗を増やし過ぎるとコスト面で旧来型の小売業に近づいてしまうという課題もある。なので、オンラインとオフラインのバランスが重要になります。

もう一つ、D2Cの動向を見る時は「売り方」にも注目すべきだと思っています。Warby Parkerは5種類のサンプルフレームが届いて試着後に合わなかったものを返品するというモデルですし、Bonobosは直営店で試着しても購入はEC経由になるというモデルです。そうすることで、服を買った後も手ぶらで帰れるというユーザー体験を提供しています。

また、同じ衣料品でも、米Rent the Runway(レント・ザ・ランウェイ)はデザイナーズブランドを一定期間レンタルするというモデルで、シェアリングエコノミーの要素をアパレルの世界に持ち込んでいます。他にも、化粧品サンプルを毎月「定期便」として送る米Birchbox(バーチボックス)はサブスクリプションモデルを採用するなど、いろんな売り方が生まれています。これも、D2Cの特徴と言えるでしょう。

シバタ:売り方が多様化しているのと同様に、小売の世界では顧客接点も多様化していますね。

田端:ええ、特にオンラインでその傾向が強まっています。米ベンチャーキャピタルのKleiner Perkinsが同社の著名パートナーMary Meekerの名で毎年発表している『Internet Trends Report 2018』には、モバイルアプリのカテゴリー別成長率で「ショッピング」が初めて1位になったとあります。これまでアプリの人気カテゴリーといえば「メディア」や「ゲーム」だったので、ショッピングアプリがそれらを上回るほど増えているというのは大きな転機です。


そして、先進的な小売・消費財企業はすでに次の顧客接点を探し始めています。今後、スマートフォンに次ぐ顧客接点は何になるのか。例えばVR(仮想現実)やスマートスピーカーが新たなインターフェースになるかもしれないと、各社が試行錯誤しています。


ウォルマートやナイキ...オンラインとオフラインの融合戦略

こうして販売手法と顧客接点にイノベーションを起こそうと取り組むプレーヤーが増えている中、生き残りをかけて既存の大企業も新たな取り組みを始めています。ここでは、そんな大企業の動きを中心に紹介していきましょう。

シバタ:まずは、Bonobosを買収した件で先ほど名前が出たWalmartを見ていきましょう。1969年に創業したスーパーマーケットチェーンで老舗中の老舗ですが、テクノロジーを利用した新しい試みに積極的に取り組んでいます。

田端:Walmartは2011年にIT企業を買収して、Walmart Labs(ウォルマート・ラボ)という研究開発部門を立ち上げています。

(Walmart LabsのWebサイト)

そこが中心になってさまざまなオンライン施策を進めており、例えば2017年には「Delivery Straight Into Your Fridge」という配送サービス構想を発表しています。

WalmartのWebサイトやアプリから商品を注文すると、宅配員が配送先の鍵を開けて、直接冷蔵庫に商品を納入してくれるという内容です。

鍵を開け閉めする仕組みは、スマートロックサービスを提供するスタートアップと連携して開発すると発表しています。また、最も気になる安全面についても、顧客のスマートフォンに宅配員の訪問を通知しつつ、家の中での行動をリアルタイムに監視できるようにするそうです。

シバタ:すごい構想ですね。

田端:すでに稼働している例を挙げると、2018年6月から、顧客とオンライン上で会話しながらニーズに合った商品を提案・発送する会話形コマースサービス「Jetblack」(ジェットブラック)を始めています。

シバタ:実は以前、私の友達数名がWalmart Labsで働いていたんですよ。彼らの話によると、とにかく新しいことをバンバンやって、すごい数の失敗をしていたようです。業種的に予算管理も厳しいはずなのに、すごいなと思って話を聞いていました。日本でこのくらい大きくて歴史のある会社が、ここまでアグレッシブにチャレンジできるかというと、なかなか難しいはずなので。

吉川:アグレッシブという意味では、Walmartは海外展開も積極的ですよね。日本は西友が同社の子会社となっていますが、2018年8月にはインドのEC最王手であるFlipkart(フリップカート)を$16 Billion(約1兆6000億円)で買収しました。これは、おそらく世界の小売業で過去最大のディールです。

この買収によって、インドの小売市場は当面、Walmart & Flipkart連合とAmazonの一騎打ちになると見られています。中国のAlibabaなどもインド進出の動きを強めていますし、今後の展開が面白くなりそうです。

シバタ:WalmartとAmazonの戦いについて、アメリカではAmazonが2017年に高級スーパーマーケットチェーンの米Whole Foods Market(ホールフーズ・マーケット)を買収して話題になりました。Walmartがオフラインからオンラインに舵を切りつつある中、Amazonは逆にオンラインからオフラインへ進出しようとしているので、両社の戦いはどうなっていくのだろうと思っている人もいるかもしれません。

私の見解を先に言うと、AmazonとWalmartはもともとユーザー層が違うので、棲み分けが進むだけだと思ってます。AmazonもWhole Foods Marketも、どちらかというと都会に住む年収の高い人がユーザーで、利便性なり買い物の楽しさを追求しているイメージです。他方でWalmartはもっと大衆向けで、安いものを探しに行くイメージ。だから、オフラインでもオンラインでも、引き続きこの棲み分けが続くんじゃないかと思うのですが、どうでしょう?

吉川:僕もアメリカではそうなると思います。ターゲットが違うので、それぞれが伸びていくんじゃないでしょうか。

シバタ:分かりました。では他の大企業の取り組みも見てみましょう。

先ほどAIをはじめとした最新技術の活用に取り組んでいると話したeBayは、2018年から独自のオンライン決済を導入すると発表しています。同時に、AR(拡張現実)を用いたECサービスの導入も検討しているとも発表しました。これにより、買い手は購入前に商品イメージを実際に見ることができ、売り手側も商品梱包用の箱を選択する際に正しいサイズを測ることができると説明しています。

吉川:ARに関しては、ただ商品イメージを見ることより、家具や家電製品を購入する前に自宅のレイアウトに合うかどうかがチェックできるような使い方のほうが可能性を感じますよね。まぁ、これからいろいろと実験していくのでしょう。

シバタ:先端テクノロジーの活用という点では、スタートアップと積極的に協業を進める大手小売プレーヤーも続々と登場しているようですね。田端さんがJ.フロントリテイリングの社員としてシリコンバレーに来ているのも、このような協業先を探すのが目的ですか?

田端:その通りです。百貨店やGMS(General merchandise storeの略で「総合スーパー」のこと)は15〜20年前までIT活用の先進企業だったところが多く、CRMやPOSシステムを自前で構築し、資本の少ない企業に対して競争優位性を確保していました。でも、それらのシステムがむしろ足枷となり、先ほどお話ししたD2C企業やAmazonに代表されるEC企業に比べて、近代的なインターネットのエコシステムから取り残されるようになってしまった。そこで、シリコンバレーのスタートアップのような先端テクノロジーを開発する企業と組むことで、IT戦略をアップデートしたいのです。

ただし、小売は労働集約的な産業なので、現場の第一線で働く社員でも使いこなせるようなシステム設計をしなければならないという難しさもあります。スタートアップの人たちはもちろん、本社でIT戦略に携わる私のような人間に比べて、どうしても現場社員のITリテラシーは低くなってしまいます。これを気にし過ぎた結果、技術活用が遅れてしまったのも事実ですが、これらは小売業の宿命とも言える課題ですので、うまく解決している同業他社やメーカーの事例も日々重視して追っています。

吉川:その「うまく課題を解決している企業」の一例として、シューズメーカーの米Nikeが2018年7月、ロサンゼルスにオープンしたIT融合型コンセプトストアがあります。

(NikeがオープンしたIT融合型コンセプトストア:同社のリリースより)

他のNikeストアと何が違うかというと、Nike+(ナイキプラス)会員に向けたサービスがとにかく充実しているんですね。会員は、アプリやWebサイトから商品のフィッティング依頼などができる他、店舗スタッフにチャットで在庫状況などを質問できるサービスも受けられます。オンラインで購入した商品は備え付けのロッカーで受け取ることができ、返品交換もそのロッカーで行えるので、会員はスマートフォンさえあれば営業時間外でも購入・返品ができるわけです。

スタッフ目線で見ても、そこまで高度なITリテラシーは必要ない。例えばチャットでの顧客対応は、スマートフォンのSMSでやれるようです。今後はシューズの自動販売機なども設置する予定で(開業時点ではソックスの自販機だけ設置してある)、新しいユーザー体験をいろいろとテストしていく模様です。

(商品の受け取りや返品交換ができる専用ロッカー:同社のリリースより)

田端:面白い取り組みですよね。Appleストアが「体験型店舗」というコンセプトを打ち出していますが、これも同じく「どれだけNikeを体験できるか?」みたいな部分を追求している印象です。「体験」というキーワードは今後の小売業にとって非常に重要だと考えています。


Amazon Goに見る「店舗イノベーション」の未来形

続いて、いまや世界的な小売プレーヤーとなったAmazonの取り組みを紹介していきましょう。前段で、オンラインのみならずオフラインでも積極的に次の一手を打っていることに触れましたが、ここでは日本でも大きな話題となった無人コンビニ「Amazon Go」(アマゾン・ゴー)の説明も含めて詳細を掘り下げていきます。

シバタ:Amazonは次々に新たな施策を打ち出す企業として知られていますが、ここでは直近で気になった3つの動きを紹介します。

まずは、先ほども少し触れた2017年のWhole Foods Market買収です。$13.7 Billion(約1兆3700億円)という巨額の買収によって、Whole Foods Marketの生鮮食品が「Amazon Prime Now」の販売対象となり、Prime会員なら原則2時間以内にWhole Foodsブランドの食料品を自宅に届けてもらうことも可能になりました。

そして、2018年1月には無人コンビニ「Amazon Go」が米シアトルで開業。さらに同年6月にはオンライン薬局のPillPack(ピルパック)を$1 Billion(約1000億円)で買収して医療分野への進出も果たしています。

吉川:2017年と2018年の2年間だけでも、非常に大きな買収やエポックメイキングな取り組みが3つもあるってすごい話ですね。

シバタ:Whole Foods Marketの買収やAmazon Goに比べると、日本であまり話題になっていないようですが、PillPackの買収もかなりインパクトがありましたよね。

アメリカは医療費がとにかく高いので、日本みたいに気軽に病院へ行って薬をもらうのが難しいという人もいます。それで市販薬を買う機会が多くなるわけですが、Amazonで買えるとなればとても便利です。それに、1日に複数の薬を飲まなければならない人向けに、1回で飲む分を「小分け」にして配送するようなサービスも行っています。

吉川:Amazonはこういうオペレーションをしっかりやりますよね。Amazon Goも、構想発表からちょうど1年くらいできっちり仕上げて開業している。田端さんは実際にシアトルの1号店に行ったそうですが、どんな感じでした?

田端:ものすごく感動しました。皆さんにもぜひ一度体験してほしいです。まず「レジを通す必要がない」って、こんなに気持ちいい買い物体験なのかと。もうご存知の方も多いと思いますが、Amazon Goは入店前に専用アプリをダウンロードして、入口のコード読み取りゲートでQRコードをスキャンして入店したら、後は商品をカバンに入れて帰るだけ。退店時にゲートを通過する際に自動で決済が行われます。これは本当にすごい体験でした。

(シアトルにあるAmazon Goの1号店:田端氏)

私たちがAmazon Goに行った時、Amazonの社員にもご同行いただいて、その方は「何でも好きなように試してください」と言っていました。(カメラに写らないように)顔を隠して商品を手に取る、手をカバンで隠しながら商品を取る、同じチョコレートを2枚重ねにしてカバンに入れる、そんなことをいろいろ試しながら買い物してみたのですが、退店時にはちゃんと買ったことになっている。カメラやセンサーの精度があそこまで高いと、もう万引きはできないでしょうね。

そのカメラやセンサーはお店の至るところに付いていて、天井はもう要塞のようです。ご同行していただいたAmazon社員の話だと、数千個のカメラ&センサーが取り付けてあるそうです。

(Amazon Goの天井:田端氏)

吉川:カメラやセンサーは、専用のものではなく既製品を使っているとのことですが、実際そうなのですか?

田端:はい、既製品だそうです。

シバタ:とはいえ、これだけのカメラやセンサーを取り付けるだけで、アルバイトを雇うよりお金がかかるでしょうね。

田端:間違いなくそうだと思います。当日は技術に詳しい仲間も一緒に行ったのですが、彼いわく「専用のアルゴリズムを開発するエンジニアの採用費やサーバー代、GPU代など全部ひっくるめたら、Amazon Goを1店舗作るだけで100億円〜1000億円単位の設備投資が必要になるんじゃないか」とのことです。金額は、見学した際の所感でしかありませんが。

シバタ:でも、2店舗目、3店舗目を出店する頃にはもっとコストダウンする方法を見つけていそうですね。

田端:ええ。次の店舗ができた時、カメラやセンサーがどれだけ減っているかが、個人的に最も注目しているところです。

後、日本では「無人コンビニ」と呼ばれているので店員が1人もいないというイメージを持たれますが、実際にはAmazon Goでもたくさんの店員さんが働いています。商品補充をしている人から、お店の中でお弁当を作る店員さんなど、それなりの人数が働いているんです。これは余談としてお伝えしておきます(笑)。


多くの日本企業も注目する「店頭体験」の革新技術

ここからは、シリコンバレーおよび北米における小売の最先端事例を紹介していきます。

この分野を分類すると、大きく【店頭体験・店舗】向け、【オンラインマーケットプレイス】、【D2C】の3つに分けられます。今回は、この3分類の中で我々が注目する技術やサービスをピックアップしてみました。


店頭体験・店舗:RetailNext(リテールネクスト)

2007年に米Cisco Systemsのエンジニアたちによって設立されたRetailNextは、史上初の「小売専門IoTプラットフォーム」として、リアルな実店舗の分析サービスを開発しています。

仕組みとしては、まず大手メーカーが提供する高度なアナログカメラやIPカメラを駆使して店舗内の人の動きを詳細に把握。買い物客の性別や年齢、新規顧客かどうか、リピート頻度、動線、最終的な購入商品などの情報を収集し、収益とどのような関係性があるかを分析しています。2018年1月には、世界で初めてディープラーニングを利用したAI内蔵のIoTセンサー「Aurora v2」を発表し、話題を呼んでいます。

同社の最終目標は、これまでEC企業がやっていたような顧客分析を、リアルな実店舗でもできるようにすること。そのためには、既存の小売プレーヤーが構築しているCRMやPOSシステムと、どのように(どこまで)つなげることができるか? が次の課題になるでしょう。とはいえ現時点でも多くの実店舗に導入されており、日本でも有名百貨店や下着メーカー、アウトドアメーカーなどが利用しています(吉川)。

(すでに日本語版もあるRetailNextのWebサイト)


店頭体験・店舗:Percolata(ペルコラータ)

2011年に設立された「ピープルアナリティクス」の会社で、日本の人材大手であるパーソルホールディングスが出資したことでも知られています。

同社のシステムは、実店舗の顧客の数、商品購入率、商品を見た回数、店員から離れた回数など詳細な顧客データを収集し、それと従業員のシフト情報を組み合わせた分析を行うことができます。店舗の来客数予測や従業員のスケジュール調整など、さまざまなサービスを提供していますが、特に従業員のシフト最適化や店舗内での理想的な配置を分析するシチュエーションで重宝されています。パーソルが出資しているのも、この特徴があるためです(田端氏)。


店頭体験・店舗:Plexure(プレクシュア)

2010年設立のスタートアップで、オンライン決済サービスを提供しながら利用者に対するロイヤリティプログラムを実施。ポイントを貯めるなどのサービスを受けることができる、いわば「アプリ版のTポイント」です。

また、ポイント提供のみならず事前決済でピック&ゴー(アプリ経由で注文と決済を済ませてから店舗に行き、すぐに商品を受け取って帰ること)できる仕組みづくりにも注力しており、2018年にリリースされた日本マクドナルドの専用アプリも同社の仕組みを利用しているようです(田端氏)。


店頭体験・店舗:Omnyway(オムニウェイ)

Omnywayはアプリを活用した小売店店頭での決済モジュールを開発。レジでのQRコードを使用したスマホ決済システムや、店頭で商品のバーコードを読み取ってその場で決済する「セルフ決済」を提供しています。

米Kohl's(コールズ)やMacy's(メイシーズ)、Nordstrormといった大手百貨店チェーンと提携しており、各社が進めるオンライン戦略の内容に応じてクーポンや商品割引などを提供しています(吉川)。


店頭体験・店舗: New Store(ニューストア)

New Storeはモバイル起点の新しいショッピング体験を形にしている会社で、2018年9月時点では「Endress aisle:全店舗での在庫共有販売」「Omunichannel fulfillment:在庫/物流周りの統合システム」「Clienteling:電子カルテ」「Mobile point of sales:スマホ決済」の4つのソリューションを提供しています。

一例を説明すると、あるブランドが好きな女性がインターネットで見つけた商品を登録しておくと、移動中に「近くに販売店がありますよ」とプッシュ通知が来るわけです。それを見て実際に店舗へ行く際は、お店の販売員にも「○○さんが来ます、在庫を準備しておいてください」というメッセージが飛び、試着の準備などを進めておくことができます。かつ、販売員は、過去の購入履歴などを電子カルテでチェックできるので、別のアイテムを推薦するなどパーソナライズされた接客ができるのです。

同社のシステムはAPIを通じて他のシステムにつなぐこともできるため、今後は欲しいアイテムをオンラインで購入したら、在庫のあるお店からUberのようなライドシェアサービスのドライバーが商品をピックアップして、指定の場所に配送してくれるようなこともできるかもしれません。いろんな発展形が考えられるサービスです(田端氏)。

(New Storeが作ろうとしているショッピング体験は、同社のWebサイトで動画として紹介されている)


店頭体験・店舗:Standard Cognition(スタンダード・コグニション)

2017年に設立されたばかりのスタートアップで、店舗内で顧客が持っている商品をカメラでリアルタイム追跡し、顧客がレジ前に立つと一瞬で商品の合計額が表示されるシステムを提供しています。加えて、顧客の嗜好や購買習慣を把握し、それに応じて店舗棚に置く商品をカスタマイズするためのマーケティングシステムや、万引き行為の摘出など3つのサービスを提供する予定で、2018年7月時点での資金調達額は総額$11.2 Million(11億2000万円)となっています(田端氏)。


メルカリ、ZOZOの競合や気鋭のD2Cブランドが続々台頭:オンラインマーケットプレイス: LetGo(レットゴー)

2015年設立のフリマアプリで、日本のメルカリと競合する存在です。

もともとアメリカでは、中古市場のマーケットプレイスとしてクラシファイドコミュニティサイト(地域や商品カテゴリー別に細分化された「売ります・買います」の電子掲示板)で有名なCraigslist(クレイグズリスト)やeBayなどが知られていました。ただ、サイトのUIが煩雑だったり、探し物を見つけにくいという難点もあったため、LetGoのような新サービスが出てきたという流れです。

2018年8月に$500 Million(約500億円)を調達し、合計調達額を$975 Million(約975億円)としています。なお、2017年末の時点で、アプリが7500万ダウンロードされたと発表しています。この領域にはFacebookも参入するという噂があるので、今後も要注目です(吉川)。

(LetGoのWebサイト)


メルカリ、ZOZOの競合や気鋭のD2Cブランドが続々台頭:オンラインマーケットプレイス: Stitch Fix(スティッチ・フィックス)

洋服のファッションコーディネートをサブスクリプションモデルで提供するスタートアップで、日本でいうと「ZOZOおまかせ便」や「エアークローゼット」のようなサービスを提供しています。

AIとスタリストをうまく組み合わせ、毎月その人にあったコーディネートを自宅に届けるモデルが、忙しいビジネスパーソンを中心に支持されているようです。特にAI活用には非常に力を入れており、長く使えば使うほど、自分の体型や好みにあった洋服が届くようになります(ユーザーは送られてきた洋服の中から、気に入ったもの以外を返送する仕組み)。2018年7月からは、子供向けサービスもスタートしています(吉川)。


メルカリ、ZOZOの競合や気鋭のD2Cブランドが続々台頭:D2C: allbirds(オールバーズ)

ニュージーランドの元プロサッカー選手とクリーンテクノロジー起業家の2人が2014年に設立したシューズブランドで、サンフランシスコのD2Cブランドを代表する1社になっています。自社のスニーカーを小売店を介さず直接販売しており、これまでの資金調達額合計は$27.5 Mliion(約27億5000万円)となっています。私も同社のスニーカーを愛用していて、履き心地がいい上、洗濯機で洗うこともできます(シバタ)。


メルカリ、ZOZOの競合や気鋭のD2Cブランドが続々台頭:D2C:Rothy's(ロージーズ)

2015年創業、サンフランシスコで今最もホットなD2Cブランドで、廃ペットボトルから作った女性用フラットシューズを販売しています。

品ぞろえは3種類の女性用とキッズ用1種だけ(2018年9月時点)ですが、ファッション誌『ヴォーグ』のファッションエディターやベンチャーキャピタリストなど幅広い層から支持を得ており、累計2万足が予約待ちになっているほどの人気です。顧客のエコ意識に訴求しながら、洗練されたスタイルのシューズを売っていくというブランド戦略で、これまでに$7 Million(約7億円)を調達しています(田端氏)。

(Rothy'sが販売する女性用フラットシューズのラインアップ)


メルカリ、ZOZOの競合や気鋭のD2Cブランドが続々台頭:D2C:Unspun(アンスパン)

2015年創業のUnspunは、身体の3Dデータからデニムの3Dパターンを作るソフトウェアと、そのパターンに合わせて無駄な端布なしに3Dの生地を作るハードウェアを開発しています。日本で話題の「ZOZOSUIT」の競合になるような会社です。

昔はオートクチュールで自分に合った一点物の服を作っていたのを、ITを活用することでオンデマンドかつ短時間で作るマスカスタマイゼーションは、これからもっと台頭してくるのではないかと思っています。アパレル業界、小売業界の在庫問題も解決し得るので、これからどのように収益化していくのかが楽しみです(田端氏)。


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