Q. 【国内SaaS ARR分析】コロナ禍で成長が加速・減速したのはどの企業?
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A. 弁護士ドットコム(クラウドサイン)のARR(年間経常収益)は前年比で2倍以上に急成長、次いでチャットワークも成長角度が上昇。一方、リアル店舗関連のスマレジやRettyのARR成長率は下降傾向。しかし両社を詳細に分析すると、明暗分かれる結果に。
2020年は、rakumo(既存グループウェアの機能拡張)、プレイド(ユーザー行動分析ソフト)、ヤプリ(クラウド型アプリ制作サービス)など、新規SaaS企業の上場が相次いだ年でした。
2021年も、2月にマーケティングツールの「AIアナリスト」を提供するWACULが上場予定で、この他にも、SmartHR(クラウド人事労務ソフト)やアンドパッド(施工現場管理ソフト)等の上場も期待されています。
SaaSの最重要KPIである「ARR」
決算が読めるようになるノートを購読頂いている方は馴染みがあると思いますが、SaaSにおける重要KPIの1つが「ARR」です。
ARRは、Annual Recurring Revenueの略で、年間経常収益を意味します。初期費用やスポットでの広告収入などを除いた、毎月繰り返し得られる売上の1年分の金額です。
ARRの推移を見ることで、その企業が順調に成長できているのかどうかが分かります。
今回の記事では、ARRを元に国内上場SaaS企業の決算の傾向を探っていきます。
なお、記事内で利用している数字については、昨年末にリリースさせて頂いた『KPIデータベース』の数字から取得しています。法人向けのサービスとなりますが、興味のある方は、以下の記事をご覧ください。
国内上場SaaS企業のARR
それでは、国内の主要な上場SaaS企業のARRを比較して見てみましょう。
同じ期間で比較するために、2020年7-9月のデータを採用しています。
※サイボウズは、クラウド関連売上比率を71%(2019年通期)と仮定して算出
※マネーフォワードは11月決算のため、2020年6月-8月のデータを採用
※スマレジは4月決算のため、2020年8月-10月のデータを採用
ARR100億円超えは、ラクス(クラウドサービス/2000年創業)、Sansan(クラウド名刺管理/2007年創業)、サイボウズ(グループウェア/1997年創業)の3社となっており、国内のSaaS企業の中では老舗の部類に入る企業です。
次に、ARR100億円目前の企業が、ユーザベース(NewsPicksなどの経済情報サービス/2008年創業)、フリー(クラウド会計ソフト/2012年創業)、マネーフォワード(金融系Webサービス/2012年創業)と並んでいます。
2020年以降の新規上場企業としては、プレイドが飛び抜けており、44億円と大規模なARRを実現しています。
国内SaaS企業のARR成長率推移
次に、国内SaaS企業のARR前年比成長率を、2018年10-12月以降、四半期ごとの推移で見ると、以下の図のようになります。
※サイボウズは、クラウド関連売上比率を71%(2019年通期)と仮定して算出
※マネーフォワードは11月決算のため、2020年6月-8月のデータを採用
※スマレジは4月決算のため、2020年8月-10月のデータを採用
図から以下のことが分かります。
・ARR前年比成長率が下落傾向の企業
→マネーフォワード、ユーザベース、スマレジ、チームスピリット、Retty
・ARR前年比成長率が上昇傾向の企業
→弁護士ドットコム(クラウドサイン)、チャットワーク
以下では、特に注目すべき変化として、次の項目について各社の決算説明資料を元に深堀りしていきます。
・リアル店舗関連のRettyとスマレジの明暗
・マネーフォワードが下落傾向に見える理由
・チャットワークが増加傾向にある要因
・クラウドサインが加速度的な成長を見せている理由
リアル店舗関連のRettyとスマレジの明暗
同じリアル店舗向けのサービスとして、集客支援を行う「Retty」と、POSレジや注文管理システムを提供する「スマレジ」のARRを比較すると、以下のようになります。
・RettyのARR前年比成長率推移
19年10-12月:24.39% →20年1-3月:31.40%→20年4-6月:-2.13%→20年7-9月:4.27%
・スマレジのARR前年比成長率推移
19年11月-20年1月:58.55% →20年2-4月:45.71%→20年5-7月:30.71%→20年8-10月:17.95%
Rettyは、20年4-6月に前年同期比でマイナス、7-9月も一桁%の微増に留まっています。
一方、スマレジは下落傾向に見えるものの、20年4月以降も二桁成長を維持しています。
Rettyのサブスク収益を占めるFRMは、SaaS型(月額課金)で顧客管理システムや集客ツールを提供し、顧客基盤を構築したり送客したりするサービスです。
コロナ禍で苦戦する飲食店支援として、Rettyは有料店舗のFRM支払免除の措置を取っています。支払いを免除しているにもかかわらず、有料店舗数は10,790件(2020年4⽉)→9,510件 (6⽉)と減少、11.9%が解約に至っています。
一方、POSレジを提供する「スマレジ」は、上図の通り1%以下の解約率を維持し続けています。
ここからは考察ですが、コロナ禍で営業が厳しい店舗にとって「集客ツール」と「POSレジ」のどちらから削るかというと、集客ツールからということが、この結果から分かります。スマレジは、コロナ禍においても手厚い顧客サポートを提供することで、解約率を低く抑えられているようです。
スマレジは一見成長率が停滞しているように見えますが、最新の決算の前年同期2020年4月期2Qは、2019年9月の軽減税率導入のためのレジの買い替え特需により、新規獲得が一気に進んだ期でした。この点を考慮すると、コロナによる影響はほぼ無傷であるということも読み取れます。
同じSaaSでも、顧客のビジネスにとってどれだけ重要な部分を握れているかが、決算の数字にも大きく現れています。
マネーフォワードが下落傾向に見える理由
次にマネーフォワードのARRについても見ていきます。
マネーフォワードの前年比ARR成長率推移
19年9-11月:59.41% →19年12月-20年2月:46.59%→20年3-5月:42.39%→20年6-8月:31.14%
特に、20年3-5月から20年6-8月にかけて、成長率が落ちているように見えますが、これはコロナの影響なのでしょうか?
マネーフォワードの決算説明資料を見てみると、19/11期の3Q(2019年6-8月)は「マネーフォワードクラウド」の価格改定により、ARRがぐんと伸びた期でした。その1年後にあたる20年6-8月のARRの前年同期比成長率の鈍化も、これで説明が付きます。
つまりマネーフォワードのARRは、実態としては好調に推移しているといえるでしょう。
上図は、マネーフォワードのBussinessドメインの解約率です。直近にかけて解約率が低下し、改善傾向が続いており、ARRにプラスの影響をもたらしています。
クラウド会計は、日本国内ではいわゆる「DX」の文脈もあり、好調な結果が出ています。
ここまでは、ARR前年比成長率が下落傾向の企業をピックアップして、その要因を探っていきました。
ここからは、ARR前年比成長率が上昇傾向にあった2社について要因を見ていきます。
チャットワークが増加傾向の要因
ARR前年比成長率が上昇傾向にあった企業の1社目が、チャットワーク(ビジネス型チャットツール)です。
チャットワークのARR前年比成長率推移
19年10-12月:32.34% →20年1-3月:39.88%→20年4-6月:43.85%→20年7-9月:44.11%
上図の決算説明資料によると、解約に伴う減少収益を社内の利用ユーザー増などの増加収益が上回る、いわゆる「ネガティブチャーン」を実現しており、収益が年々積み上がっていることが、ARRの上昇につながっています。
さらに図の右端を見ると、2020年1月以降で階段のようにガクッと上がっていますが、コロナをきっかけに、既存ユーザーの課金ID化が進んだものと考えられます。
上図では、課金ID数の伸びに加え、ARPU(1ユーザー当たりの平均売上)も価格改定により上昇していることが分かります。
チャットワークは、ARRの因数となる、客数(課金ID)と単価(ARPU)がいずれも伸びて、掛け合わさっているため、成長率が加速しています。
チャットツールの「一度使い始めるとなかなかリプレイスしにくい」というサービス特性が、コロナ禍でも成長を続けている要因なのかもしれません。
クラウドサインは加速度的な成長を見せている理由
ARR前年比成長率が上昇傾向にあった企業の2社目が、弁護士ドットコムが提供するクラウドサインです。
クラウドサインは、契約書の作成・締結・保管までクラウド上で完結できるサービスです。
クラウドサインのARR前年比成長率推移
19年10-12月:97.14%→20年1-3月:113.01%→20年4-6月:147.48%→20年7-9月:165.48%
クラウドサインは、コロナ禍でもARRが前年比で2.5倍と、飛躍的な成長を遂げています。
もちろん他のSaaS企業とのサービス規模の差はありますが、上図のように、グローバルの電子契約大手DocuSignの売上成長率は40%台です。DocuSignと比較しても素晴らしい成長率だと思います。
クラウドサインは、導入企業数や契約送信件数が増えていることに加え、1企業あたりの契約送信件数も増加しています。各企業における他社との契約の総数自体が変わっていないと仮定すると、各企業において電子契約を利用する比率が増えていることになります。
電子契約利用比率が増えれば、取引先伝いでさらにサービスが広まっていくことが予想されます、クラウドサインは国内シェア80%を超えているため、電子契約を導入する際の第一の選択肢になる可能性も大きいでしょう。
一方、今後はグローバルなDocuSignの日本での事業展開も考えられます。企業側からすると、複数のサービスを利用するハードルはそこまで高くないため、Docusign等のサービスとの差別化が必要になってくるかもしれません。
まとめ
今回は国内SaaS企業のARRに着目し、前年比成長率が上昇している企業、下降している企業、それぞれの要因を見ていきました。
・ARR前年比成長率が下落傾向
→マネーフォワード、ユーザベース、スマレジ、チームスピリット、Retty
・ARR前年比成長率が上昇傾向
→弁護士ドットコム(クラウドサイン)、チャットワーク
スマレジやマネーフォワードのように、前年比成長率の傾向とサービス成長の実態が少し異なるケースもありますが、1つの指標で各社の横比較をしてみると、色々な違いが見られます。その要因を深掘って調べることで、各社への理解が深まるはずです。
最後になりますが、記事内で利用している数字については、昨年末にリリースさせて頂いた『KPIデータベース』の数字から取得しています。法人向けのサービスとなりますが、興味のある方は、以下の記事をご覧ください。
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