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Q. アメリカを一つの企業として見た場合の営業利益率は?

Q. アメリカを一つの企業として見た場合の営業利益率は?

A. 23%の赤字企業です。

今回もMary Meeker氏による「Internet Trends 2019」の中から一つ興味深い話題を取り上げてみたいと思います。

ちなみに、Mary Meeker氏はネットやモバイル系のベンチャーキャピタリストの第一人者で、以前所属していたKleiner Perkinsは、Airbnb、Docusign、DoorDash、Facebook、Slack、Spotify、Square、Twitter、Uberなど私の記事でもよく取り上げる多くの企業に投資をしています。

Internet Trendsは、1995年からアーカイブされています。今日は毎年私が楽しみにしているセクションで、「アメリカという国家を一つの会社だと見た場合にどのような収支になっているのか」ということを解説するコーナーを取り上げてみたいと思います。

Internet Trends 2019

アメリカという国家のPLを見てみると、このグラフにあるように過去50年のうち45年間も赤字を出している会社だと言うことができます。


アメリカの国家としてのPL

アメリカのPLを詳しく見てみましょう。

歳入(収入)は全部で$3.3T(約330兆円)あります。内訳としては個人からの税収が51%、年金や医療費が35%、企業からの税収が6%、その他が8%になっています。

トランプ政権において2018年度から企業に対する税率が20%まで下げられたこともあり、2013年と比較して企業からの税収が全体に占める割合が10%から6%へと大きく減っているのが特徴的です。

支出は合計で$4.1T(410兆億円)。その内訳は「Entitlement(エンタイトルメント=権利を与える、受給資格という意味)」と呼ばれる、社会保障や医療費などの給付金が61%、国防費以外の教育費や道路整備の費用などの合計が16%、国防費が15%、国債に対する利払いが8%という内訳になってます。

全体としては、2018年度の決算は利益率がマイナス23%という赤字企業になっていることがご理解いただけると思います。


最大の支出 = 医療費

こちらの図は支出の内訳を表しています。30年前は支出の総額が$1.1T(約110兆円)でしたが、2018年時点で$4.1T(約410兆円)と支出総額が約4倍に増加しています。
その中でもグラフの青い部分部分であるEntitlementは、30年前と比べて全体に占める割合が42%から61%に増加し、5倍以上の金額に上っています。国防費は30年前と比べて比率が27%から15%へと減少し、金額的には約2倍程度の増額に収まっているにもかかわらず、年金医療などの給付金が膨大に膨れ上がってきてることがおわかりいただけるかと思います。

ちなみに、アメリカも日本と同じく国債が非常に大きく積み上がってきています。30年前と比べると7倍以上になっていますが、国債の利回りの支払いは30年前に比べて2倍程度に収まっています。これはグラフの黄色い線が示す国債の利率が大きく下がってきているからです。

さて、アメリカの最大の金食い虫である「Entitlement」と呼ばれる給付金がどこに使われているのかということを見てみたいと思います。

こちらがEntitlementの内訳になります。日本で言うところの「年金」に相当するSocial Securityや、「生活保護」に相当するIncome Securityも増えてはいますが、最も大きく増えているのがグラフの中央に位置する「Medicare(メディケア)」と「Medicaid(メディケイド)」の二つになります。

Medicareは65歳以上の高齢者向けの健康保険を保証する制度で、Medicaidは低所得者向けの健康保険を保証する制度です。

アメリカでは「健康保険」は日本のように国が全国民に提供するものではなく、各個人が自分で保険会社から購入しなければならない制度になっています。
このグラフを見る限り、高齢者や低所得者向けの健康保険と医療費を補償するための費用が、国として最もお金がかかっている項目だと言えるでしょう。


アメリカの医療システム

アメリカの医療費をもう少し詳しく見てみましょう。

左のグラフは、緑が国家レベル、赤が州レベル、青がアメリカ全体の政府の支出における医療費関連の費用の割合を示したものです。いずれも右肩上がりで大きくなっています。

右のグラフは、GDPに占める医療関連費用を表したものです。アメリカは先進国の中ではずば抜けて高い割合になっており、GDPの約20%弱が医療費に費やされている国です。
ちなみに、2位スイス、3位フランス、4位ドイツ、5位スウェーデンと続き、日本は6位で10%程度が費やされています。

冒頭で書いたとおり、アメリカというのは基本的に健康保険は自己責任で加入・購入する必要があります。このグラフは、健康保険の提供者別の加入者の割合を示すグラフです。
青い部分は勤務先の会社が提供する健康保険に加入している人の割合で、10年前と比較して減少していることがわかります。一方で真ん中の緑の部分は政府が提供する健康保険を享受している人たちで、この層は大きく伸びていることがご覧いただけるかと思います。上段のグレーの部分は個人で健康保険に加入している人の割合です。

健康保険を自由市場に任せてしまった結果、高齢者や低所得者など自分で健康保険に加入できない人が、政府から提供される健康保険に依存し、その人達の数がどんどん増えているというのが今のアメリカの現状です。


アメリカの医療エコシステムの最大の問題点

アメリカの医療エコシステムが、いかに大きな問題を抱えているかということをもう少し見ていきたいと思います。

左側のグラフは、本来(きちんとした医療が行き届いていれば)防げたと推測される10万人当たりの死亡者数を表しています。

ご覧いただければわかるとおり、先進国の中でアメリカは最もこの数が多く、国家レベルでこれだけ費用がかかっているにもかかわらず、最低限の医療が行き届かずに亡くなってしまう人がとても多い国なのです

右側のグラフは、国全体の医療費におけるAdministrative(=管理コスト)の割合です。

このグラフの中で再下段に掲載されている日本は約1%程度のコスト比率で最も効率的な管理をしています。対照的に、アメリカは医療費のうち約8%がAdministrative(管理)に費やされてます。

つまり、医療システムや保険制度の管理体制がボロボロで高コスト体質であるため、最低限の医療が行き届かずに死んでしまう人が先進国で最も多いだけでなく、国家としての医療費も右肩上がりで増え続けており、医療という観点において最も不幸な国がアメリカだと言えるのではないでしょうか。

そんなアメリカの医療システムですが、アメリカが得意とするイノベーションによって改善される可能性が今後あるかもしれません。

以下では、アメリカらしい特徴的な事例を紹介しておきたいと思います。


アメリカの医療システム再生になるかもしれない打ち手

一つ目は医療データを電子化するという取り組みです。右のグラフは電子カルテを導入している病院の割合を示しています。青色の折れ線が示す大規模病院の導入率はほぼ100%。小規模なクリニックも急速に100%に近づいていていることがわかります。

このグラフにあるように、すべての医療データが電子化されると、Administrative(管理)コストが少しずつ下がっていくことが期待できるのではないでしょうか。

アメリカの病院というのは基本的にアポイントメント(予約)が必要です。アポイントメントがない場合は、アージェントケアと呼ばれる救急病院に行く必要があります。しかしほとんどの救急病院は待ち時間が非常に長い上に、費用が通常よりもはるかに高額になります。

管理体制が整っている病院ばかりではないので、アポイントメントを取ってから受診するまでに平均で24日も待たなければならないというデータがあります。

それを解決するのが「Solv」と呼ばれるサービスです。必要に応じてアージェントケアを提供するというもので最短で15分、通常2時間程度でアージェントケアのアポイントメントがとれるので、受診までの待ち時間が大幅に削減されます。

病院に行く必要がある場合もあれば、単純な風邪などの場合は遠隔でも十分診断ができる場合もあります。
そんなニーズに応えて、「Telemedicine(遠隔医療)」が大きく普及してきています。

左のグラフは、Telemedicineを採用している病院を示しています。採用している病院が8割近くまで増えていることがわかります。
右のグラフは、Telemedicineの受診者数を表しています。受診者数は右肩上がりで増えていて300万人に届く勢いです。

アメリカに住んでいる私の体感値としても、Telemedicineが増加しているというのは納得感が高いデータです。最近は健康に関して重篤な症状ではなく少し困った程度であれば、病院に行くのではなく、自分の主治医にメッセージを送り、必要であれば電話をして解決するケースが圧倒的に増えました。

このように遠隔医療で病院に行かなくても問題が解決できるケースが増えており、とても時間の節約になるだけではなく、医療費も大幅に削減できていると体感しています。

最後は「予防医療」の事例です。

いかにもアメリカらしいやり方ですが、図の左側のようにアプリ上で指定された健康に良いタスクをこなすと、ギフトカードなどの報酬が得られるというサービスが出てきています。右のグラフは、タスクに対して支払われた累計の報酬額で、急速に伸長していることが分かります。

医療費を削減する一番良い方法は病気にならないことなので、このように予防のために多少の報酬を付与したとしても、トータルとしてはコスト削減になるという考え方に基づいています。

以上、今回はアメリカの国家予算と主に医療費周りの問題点とその解決策を整理してみました。皆さんはどのように感じられましたでしょうか。

Internet Trendsに登場する「アメリカの国家としての決算」は、私が個人的に大好きなシリーズなので、また機会があれば取り上げてみたいと思います。


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