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「テクノロジーの地政学」人工知能(シリコンバレー編): AI活用の勝敗分ける「データと人材」獲得競争

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「Software is Eating the World」。
この言葉が示すように、近年はソフトウエアの進化が製造業や金融業などさまざまな産業に影響を及ぼしています。そこで、具体的に既存産業をどのように侵食しつつあるのか、最新トレンドとその背景を専門外の方々にも分かりやすく解説する目的で始めたのが、オンライン講座「テクノロジーの地政学」です。
この連載では、全12回の講座内容をダイジェストでご紹介していきます。
講座を運営するのは、米シリコンバレーで約20年間働いている起業家で、現在はコンサルティングや投資業を行っている吉川欣也と、Webコンテンツプラットフォームnoteの連載「決算が読めるようになるノート」で日米のテクノロジー企業の最新ビジネスモデルを解説しているシバタナオキです。我々2名が、特定の技術分野に精通する有識者をゲストとしてお招きし、シリコンバレーと中国の最新事情を交互に伺っていく形式で講座を行っています。
今回ご紹介するのは、第1回の講座「人工知能:シリコンバレー」編。ゲストは、ベンチャーキャピタル(以下、VC)の米Draper Nexusでゼネラル・パートナーを務める前田浩伸氏です。

【ゲストプロフィール】

前田浩伸氏
大学を卒業後、1999年に住友商事へ入社。2004年からの約2年間、同社が米シリコンバレーに設立したベンチャーキャピタルPresidio Venture Partnersで働く。その後、2006年に米Globespan Capital Partnersへ転職。2014年にはベンチャーキャピタルの米Draper Nexusを立ち上げ、General Partnerに。現在は約250億円のファンドを運用しながらベンチャー投資を行っている。その過程で数々のスタートアップを見ており、近年は人工知能関連の企業動向にも精通する。


次の覇者争い、カギは「データの精緻化」に

人工知能(以下、AI)の進化がビジネスに与えるインパクトは、次世代モビリティ、ロボット、フィンテック、通信関係、エネルギー、IoT(モノのインターネット)など、多方面に及びます。そう遠くない将来、多くの産業に破壊的イノベーションをもたらすのは間違いないでしょう。

ただ、そんなAI技術に過剰な期待を寄せる人が見受けられる一方、2018年現在はまだそこまでの進化を遂げていません。そこでまずは、AIビジネスの現在地と、解消するべき課題は何なのか? という点を前田さんに伺いました。

前田:Draper Nexusは現在、60社くらいに投資をしています。VCというのは、1社投資するまでに100社くらい見て判断するんですね。その中でもここ数年は、AIの技術をベースにしたビジネスを展開しているスタートアップを数多く見てきました。

吉川:スタートアップ界隈の動向調査を行っている米CB Insightsが2017年に出したレポート「THE STATE OF ARTIFICIAL INTELLIGENCE」によると、AI分野に対する投資案件は過去5年で4.6倍に伸びているそうです。AI関連のスタートアップが過去5年で受けた投資総額は$13,191M(約1兆3,000億円)で、2016年だけでも約5,000億円となっています。

前田:日本のスタートアップへの投資額は全体で3,000億円弱くらいと言われているので、それよりも多いお金が、AI分野に投資されているというわけですね。ただ、年間で700件近くの投資案件がある中、VC業界でよく言われているのが、「このうちの多くは“スネークオイル”だろう」ということでして。

これは日本語で言う「ガマの油」で、何にでも効く万能薬として広まったものの、実際は何の効能もなかったという意味です。今は本当に多くの企業がAIを使ったサービス開発を進めているので、そのうちどれが“スネークオイル”で、どれが本物なのかを見極める目利き力が問われます。この分別は、我々VCの責務の一つになるでしょう。

シバタ:僕は2011年まで米スタンフォード大学で研究員をやっていたのですが、アカデミックな世界では僕が離れた後、つまり2012年くらいからディープラーニングの研究が本格化していたはずです。前田さんは、いつ頃が人工知能ビジネスの分岐点になったと思いますか?

前田:僕らが日ごろウォッチしている会社の中で、人工知能関連のスタートアップが急激に増えてきたのは2013~2014年ごろでした。ただその頃は、まだまだ眉唾だった気はします。成果が出始めたのは、2015年くらいからです。

実際、Draper Nexusが投資した会社の中でも、うまくいっている会社と、そうでもない会社があります。この「当たり外れ」を通じて感じている課題の一つは、人工知能のビジネスは、きちんとしたデータフィードがあって初めて成立するものだということです。

業界によっては、AIを学習させるのに必要なデータがまだまだ精緻化されておらず、余計なノイズが入ってしまっていることもあります。AI技術でビジネスをしていく上では、このデータをしっかりときれいな形で整えていくのが実はとても難しい。

また、これに関連してもう一つ、VCの間でこの1年くらい非常に盛り上がっている話題があります。AIの進化に必要なデータを本当に細かいレベルで精緻化していく作業が、ユーザーのプライバシー保護の観点から非常に難しくなってきているということです。

それゆえ、各社がどういう種類のデータを保持していて、そのデータの特性はさまざまな法的制限とどのようにかかわっているのか? をちゃんと理解した上でデータサイエンスを行っていく「データのガバナンス」が大事になっています。

AIを使ったサービスを提供する際の倫理問題についても、まだ誰が責任を取るのかという線引きがあいまいですから、ここも整備しなければならないでしょう。


総額650億円…熾烈さを増す人材獲得競争

他に大きな課題を挙げるとすれば、「開発における人材確保の難しさ」は、今シリコンバレーで非常にホットな話題になっています。大手企業がこぞってデータサイエンティストやAI関連技術者の獲得に乗り出しており、採用にかける費用も高騰しているからです。

前田:ある調査によると、IT産業の世界トップ20社がAI関連技術者を雇用するのにかけている年間費用は総額で$650M(約650億円)にも上っているそうです。Amazonくらいになると、1,000を超えるAI関連職務で人材を募集していて、年間で$227.8M(約227億円)もの予算を準備していると報道されていました。

シバタ:すごいですよね。あまりに人が採れないから、近年はタレント・アクイジション(タレント人材獲得)を目的とした有望スタートアップの買収も目立ちます。

吉川:その流れが顕著になってきたのは、2012年、Appleが音声アシスタント機能を開発していたSiriを買収したあたりからだと思います。当時のシリコンバレーでは「え、なぜSiriを買ったの?」という感じだったのですが、あれから3〜4年の間にAI技術を持つ企業に一気に注目が集まり出した。

シバタ:そうですね。あの有名な囲碁AI「AlphaGo」を開発した英DeepMindをGoogleが買収したのも2014年でした。

前田:そういった人材獲得の努力が実り始めるのは、2019年くらいからではないかと思っています。AIを使ったアプリケーションが「本当に成果につながるもの」として市場に認知され始めるのはこれからだと。

吉川:2018年5月に行われたGoogleの開発者向け会議「Google I/O 2018」で発表されたデモを見ても、AIを活用した機能がたくさん紹介されていて、まさにそんな印象でした。

例えば、スマートスピーカーやスマートフォンに搭載されているGoogleのAIアシスタント「Googleアシスタント」が、人間と会話しながら美容院の予約を取ってくれるデモ映像がありましたよね。新機能のGoogle Dupleが話しているところなんて、コンピュータが相手とは思えないレベルでした。しかも、すごく滑らかに会話しながら、カレンダーの空いている時間を探して自分の代わりに予約をしてくれる。

「Google I/O 2018」でGoogle Dupleのデモを行っている様子

前田:あれはすごかったですね。僕も感動しました。

吉川:AIの進化でああいう世界がもう目の前に来ているんだと、未来を感じました。


日本企業に期待される意外な役割

こうした大企業の「AIシフト」は、採用市場のみならずエコシステム(産業を取り巻く環境、生態系のこと)にも大きな影響を与えています。その象徴的な動きの一つが、半導体の開発競争です。

シバタ:個人的には、半導体メーカーのNVIDIAがすごいと思っています。いまや同社のGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)がなければディープラーニングができないというような状況になっているので。どうでしょう?

吉川:確かにすごいですね。僕は1999年からシリコンバレーに来ているのですが、当時のNVIDIAはパソコンや携帯のGPUメーカーであって、そこからAI分野に進出するなんて想像もつきませんでした。

NVIDIAのGPUは最初にMicrosoftのゲーム機に搭載されて、その後ソニーのプレイステーションシリーズや任天堂のゲーム機にも搭載されるようになりました。NVIDIAの売り上げの約5割は、ゲーム業界から来ているんです。
 
今後、自動車業界などにも普及していきそうですが、2018年時点ではまだ売り上げの10%くらいしかありません。このあたりでどれだけシェアを伸ばせるかが今後を左右するでしょう。

前田:半導体周りについては、NVIDIA以外にも、Googleがディープラーニング専用プロセッサ「Tensor Processing Unit(TPU)」を開発していたり、Intelが自動運転技術で知られるイスラエルの会社Mobileye(モービルアイ)を買収したりと、いろんな動きがあります。日本の半導体メーカーにも、ぜひ頑張ってほしいところです。

ちょうどこの間、データガバナンスの整備に取り組んでいる会社の社長とお会いした際、面白い話が出てきました。今後、自動運転車を含めていろんなデバイスに搭載されるAIチップの開発では、データのプライバシーやガバナンスについても考えなければいけないと。

その時、「チップの信用性」という観点でいえば、やはり日本のメーカーに一日の長があるはずだから頑張ってほしいんだと言っていました。日本の半導体メーカーには、そういう視点で期待がかけられているのか!と驚きました。


孫正義氏も投資を即決。注目の新興企業

ここまで一通り全体概要を話してきましたが、次はAI関連ビジネスの具体的な事例をいくつか紹介していきます。

AIのジャンルは、大きく【1. 認識AI】【2. インターネットAI】【3. ビジネスAI】の3つに分類できます(「テクノロジーの地政学」で別回のテーマにしている、自動運転・ロボットなどを含む「自動AI」は除きます)。ここでは、この3ジャンルで我々が注目しているサービス・企業をいくつかピックアップしていきます。


認識AI:SoundHound(サウンドハウンド)

音楽の鼻歌検索サービスから始まり、近年は音声認識AIのプラットフォーム「Houndify」を開始して一気に注目株となった会社です。すでに米のグルメ検索大手のYelpやライドシェアのUber、旅行サービスのExpediaなど、さまざまな企業が利用しており、多様な情報が集まるプラットフォームになっています。
 
その他、自動車メーカーやロボット開発企業などにも注目されており、日本の大企業も複数社が出資しています。Google、Amazon、Facebook、Microsoftといった大企業の色が付いていないAIサービスを使いたいというニーズに応える企業として、今後より注目されるでしょう(吉川)。


インターネットAI: Freenome(フリーノーム)

インターネットAIは、これまで紹介してきたGoogleや、Facebookなどの有名サービスがたくさん出ているので、ここでは今後増えてきそうなヘルスケア分野の注目企業を一つ紹介します。

Freenomeは2015年に設立されたスタートアップで、AIを使って血液サンプルのDNA解析を行い、ガンの早期発見を目指しています。2017~2018年に自社内および提携研究機関で最大1万件の血液生検を実施する予定で、著名な投資家であるアンドリーセン・ホロウィッツが投資していることでも知られています(吉川)。


ビジネスAI:Cylance(サイランス)

ビジネスAIの分野では、セールス・マーケからCS、HR(採用・人事)、オペレーションと、さまざまな業務を実際に代替しつつありますが、ここではセキュリティ分野の注目企業を紹介します。

Cylanceはセキュリティソフトを提供するMcAfeeのCTOによって2012年に設立された会社です。AIが作成したデータモデルを元に、ファイルの構造からサイバー攻撃を予測、従来型のブラックリストモデルではない形で圧倒的な検知率を実現するエンドポイント製品を提供しています。

同社はAIによるサイバーセキュリティ対策の分野で初のユニコーン(企業の評価額が$1B=約1,000億円以上で非上場のベンチャー企業を指す言葉)となっており、圧倒的な量の継続的分析は人間には不可能であることから「AIが人間を超えていることを立証した事例」でもあります(前田)。


ビジネスAI:Nauto(ノート)

日本の自動車メーカーも注目している自動運転領域における注目スタートアップで、カメラで運転中のドライバーの様子や周辺の状況を追い、クラウド上のAIで危険度をリアルタイムに分析するというシステムを提供しています。

今後「自動運転の頭脳」に進化し得るシステムを開発する同社には、ソフトバンク・ビジョン・ファンドを立ち上げた孫正義さんが東京・汐留に呼んで話を聞き、その場でナプキンに投資額を書いて渡したという逸話もあるくらい注目が集まっています(前田)。


本格活用に向けて「今、最も重要な取り組み」とは

最後に、我々3人が2018年時点のAIができること・できないことを私見を交えて議論した内容をご紹介しましょう。議論のポイントは以下(図表)で、それぞれの見立てを「◎ 今すぐできる」「〇 2~3年以内にできそう」「▲ 5年かかっても難しそう」で示しています。

ここでは、各項目の可能性について議論した後、総括で出てきた内容をご紹介します。

前田:僕がこの議論全体を通じて感じたのは、AIによってリアルな世界、アナログな世界が劇的に変わるのはもう少し先で、まずは裏側の部分で技術の浸透が進むと感じます。

今はインターネットを通じてさまざまなデータが集まっていて、それに対してAIがものすごいパワーで分析をかけている真っ最中。今後数年は、そこから人間にはできなかった発見、結果を導くというフェーズではないかと思うんです。

そこでしっかり結果を出すスタートアップが出てきて、大手企業に買収されたりIPO(株式公開)しながら、そこで活躍した人たちがAIを違う分野に広めていく。そういう流れで社会が変わっていくとするなら、今はその手前の段階、つまりデータの整備・解析のような渋くて泥くさい部分でAIを活用するフェーズだと感じます。

吉川:そういう意味では、AIの発展・普及にも、携帯電話やインターネットの歴史と似たような面があるのかもしれません。

初めて携帯電話が登場した1991年、当時は「携帯電話は何に使うの?」「家からかければいいじゃん」という反応が少なくありませんでした。その時は携帯電話が今のように広まって、カメラが付くなんてことを誰も想像できなかったわけです。インターネットも、誕生した当時は同じようなものでした。

シバタ:そのお話から考えると、インターネットが登場して今までにもう20年近くがたっています。一方で、ディープラーニングを前提にした現在のAI技術が登場したのは2012年くらい。まだ6年しかたっていません。なので、前田さんがおっしゃるように、ここまで議論してきた「AIのできること・できないこと」は、もしかすると楽観的過ぎたかもしれませんね。

吉川:ただ、90年代のインターネット黎明期は、動画を観たいと思っても(通信回線の問題で)例えば1994年のローリングストーンズのネットライブ(世界初)は私のパソコンの画面では1ビットも動かなかった。でも、AIは、ここにきてかなり動いていますよね? だから、AIがさまざまな産業に影響をもたらすようになるまでは、ネットの歴史よりも短い期間で済む可能性はあります。

ここから先の進化を早めるには、作り手側の想像力が大事になります。今は裏側で起きているイノベーションを注視しながら、AI活用の次の一手を考えていく姿勢が求められる。それを続けられる人や企業が、いざAIが本格的に普及してきた時、世の中を変える側にいるのだと思います。


今後もオンライン講座「テクノロジーの地政学」のサマリを配信していく予定なので、ご希望の方は「テクノロジーの地政学」マガジンをフォローしてください。

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