月間ユーザー8億人超えのWeChatから学ぶ「イノベーションのジレンマ」の克服方法
「On Growing: 7 Lessons from the Story of WeChat」という素晴らしい記事があったので、この記事の内容からWeChatの成長の秘訣を勉強しつつ、超大企業の中で「イノベーションのジレンマ」に打ち勝つヒントを学んでみたいと思います。
WeChatとは、中国版LINEとも呼べるメッセージングアプリで、テンセントという企業が提供しています。
2016年末時点で、
MAU: 8.89億人
1日あたり50分以上の利用時間
1日あたり9-11回利用
というモンスターアプリになっています。
以下では、この記事で紹介されている7つのポイントの中から、特に印象に残った点を整理していきます。
#1 : 自社のコア事業に直接競合するサービスを開発
テンセントという企業は、WeChatを提供する以前は、QQというデスクトップのメッセンジャーで圧倒的なマーケットシェアを誇る会社でした。デスクトップで圧倒的なシェアを誇る企業がスマホ対応に乗り遅れる、という例は非常にたくさんありますが、テンセントに限っては、デスクトップのメッセンジャーが全盛期であったタイミングで、敢えて競合になりうるスマホのメッセージアプリWeChatをリリースしました。
This team of only seven engineers went on to create the first version of WeChat in just three months.
とあるように、最初のバージョンのWeChatは、たった7人のエンジニアが3ヶ月で作り上げたものです。少数精鋭で、社内ベンチャーのような形で立ち上がったプロジェクトだったわけですが、最初から大規模に予算や人員を投下するのではなく、小規模に始める、というのは大企業内でのイノベーションの起こし方の典型かもしれません。
#2 : 最初からグループに最適化(Group Effect)
WeChatは最初から、個人同士のメッセージだけではなく、グループでメッセージが簡単にできるように設計されてきました。ユーザーを個人として捉えるのではなく、グループとして捉えることで、より継続率が高いプロダクトが完成しました。
Simultaneously, in the U.S., Facebook was famously relentless about getting users to their first 10 friends within 14 days, which their data showed was the key to long-term retention.
似た例としては、Facebookは「会員登録後14日間以内に10人以上の友達登録をするユーザーは、中長期での継続率が高い」というデータを得て、非常に大事なKPIとして扱っていた、という話は有名です。WeChatも似たような考え方で、継続率が高いユーザーをどんどん獲得していきました。
#3 : ユーザーが本能的に欲しがる機能に開発を集中する
WeChatがMomentsという「タイムライン」のような機能をリリースした時の話です。
Momentsは、Facebook のタイムラインとは異なり、友達登録されている友人にだけ閲覧できるようになっています。
その理由は
WeChat understood that the true motivation behind this use case and drew a parallel with an old Chinese philosophy called “circle cultures,” meaning smaller circles are much stronger at the core and as the circles get bigger, the ties get weaker.
とあるように、「サークルが小さければ小さいほど、より強固な関係でつながっている」という考え方に基づきます。
A team of only 10 people spent 4 months making over 30 versions of WeChat Moments before deciding on a version to launch.
Momentsは、10人のエンジニアのチームが4ヶ月をかけて、30以上のバリエーションを制作してようやくリリースに至った、という経緯があります。そしてリリース後しばらく経った今でも、機能としてはリリース当時とさほど大きな変化がない、というように、最初から非常に洗練されたサービスであったことがよく分かります。
このようにWeChatは、ユーザーが本当に欲しいと心から思える機能だけを、何度も何度も深く考え抜いて作られている、ということがよくわかります。
#4 :自分自身が困っていることを解決すると大きなアイディアになる
WeChat Red Packets(お年玉・紅包)がリリースされた時のストーリーです。
中国では、日本と同じようにお年玉文化があるのですが、日本のように家族や親戚にお年玉をあげるだけではなく、上司が部下に対してもお年玉をあげる文化があるそうです。
テンセントのように大きい企業になると、多くの部下を抱えるマネージャーが存在します。彼らにとって、毎年毎年多くの部下にあげるお年玉を準備するのが大変な手間で、なんとかこの手間を削減できないかと考えていました。
そのような背景から生まれたのが、このお年玉機能です。
The first version of WeChat Red Packets was developed by a team of 20 in 3 weeks. It was tested internally on WeChat OA users and was immediately well-received. Instead of releasing multiple versions of a product, WeChat team is an avid user of its own products. Often they use the product in the middle of the night as a “single user” to pay attention to details and identify bugs early on.
お年玉機能は、20人のチームが3週間で作り上げ、最初はWeChatのチーム内で限定でリリースされ、非常に好評だったため、一般リリースに至ったということです。
2015年には旧正月に10億回以上もお年玉が送られており、WeChatで最も使われる機能の一つです。
ちなみに、WeChat Pay(ペイメント機能)のMAUは6億人を越え、1日あたり6億回送金が行われています。
#5 : マネタイズは徐々にゆっくりと
2015年の1月に、WeChatは広告を販売し始めました。
ただ広告の表示に関しては、ユーザーエクスペリエンスに影響が出ないように、非常に慎重に広告を掲載しています。Facebookでは、タイムライン上に10記事あたり1つの広告が表示されていますが、WeChatでは1日あたり広告を1つだけにする、という具合に、ユーザーエクスペリエンスにフォーカスしています。
広告自体もユーザーエクスペリエンスに注意が払われており、広告をクリックした後、すぐに外部サイトに飛ばすのではなく、3枚から4枚の写真を閲覧して、その後にようやく外部サイトに飛ぶためのボタンが出てくる、という仕組みになっています。
このように、マネタイズを急がずにユーザーエクスペリエンスを改善し続ける、ということに、大きな労力が払われています。
#6 : 数字だけではなくユーザーに価値を提供できているかをKPIに
これは正直非常に驚きました。
While WeChat does have KPIs, these are typically shared only among department heads.
WeChatは、もちろん社内で色々なKPIを測定していますが、こういった数字は部門長以上のみで共有されている、ということです。
The drumbeat-message engineers receive every day is “are you creating more value for the user?”
エンジニアには、「より多くの価値をユーザーに提供できていますか?」というメッセージが毎日届くそうです。
この図は典型的なWeChatユーザーの、1日の中でのWeChatの利用サンプルです。このように数字だけではなく、「ユーザーの日常生活に大きな価値を与える仕事にフォーカスする」という点を徹底しています。
#7 : あえて多機能かつシンプルなツールアプリを目指した
アプリといえば、一つのアプリに1機能という具合に、単機能なアプリが良いとされる場合が多いですが、WeChatに関してはあえて、メッセージ、グループチャット、ペイメント、送金、ゲーム、ECといった具合に、複数の機能を搭載しています。
In fact WeChat believes that a good product will encourage user efficiency – i.e., enable users to complete the task quickly in the most efficient way and exit
とあるように、WeChatでは、WeChatのアプリ内で複数のタスクをできるだけ効率的に終えられるようにする、ということにフォーカスが置かれています。
Despite the deep and diverse set of features and services available in WeChat, the product team has maintained a very simple UI. The app has only 4 tabs: chat, contacts, discover, and me. They’ve been very disciplined in keeping the app to only 4 tabs, as whenever they experiment with adding one, the left-most tab sees conversion rates drop by 20-30%.
ユーティリティアプリとしての機能は多機能化していく中で、UIは非常にシンプルであることを重視されてきました。WeChatアプリは4つのタブしかありません。別の5つ目のタブを追加しようとテストしたこともありましたが、1番左のタブのコンバージョンレートが20%〜30%も落ちたため、タブは最大でも4つと決まっています。
以上が、WeChatというモンスターアプリがテンセントという大企業の中で生まれた背景と、その成功要因です。
皆さんがイノベーションのジレンマに打ち勝つための、ヒントになれば幸いです。
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