Q. 世界最大のデジタル銀行、Nubankが上場。その驚異のユニットエコノミクスとは?
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A. Nubankのユニットエコノミクス(LTV/CAC)は驚異の30倍以上。特に、口コミや紹介を中心とした会員獲得によりCACは平均$5(約500円)と、世界中のFinTech企業と比較して最も低水準です。
この記事はカネコシンジさん(企画・リサーチ担当)と ゆべしさん(ライティング担当)との共同制作です。
2021年12月9日に、世界最大のデジタル銀行と称される「Nubank(ヌーバンク)」が、ニューヨーク証券取引所に上場しました。株価はIPO価格の$9(約900円)から15%上昇して、終値ベースでの時価総額は$50B(約5兆円)近くに達しました。
近年、利便性の向上や手数料削減などを目的に、世界中で銀行のデジタル化が進んでいます。日本でも2021年5月に、国内初のデジタル銀行「みんなの銀行」のサービスが開始されるなど、洗練されたUI/UXによるオンラインの銀行サービス(=デジタル銀行)が注目を集めています。
Nubankは、この「使いやすいUI/UXを中心とした銀行業務のデジタル化の流れ」を牽引してきたといっても過言ではないFinTech企業で、世界中から注目される急成長企業の1つです。
この記事では、世界最大のデジタル銀行Nubankの事業内容や決算情報、KPIを整理し、Nubankの急成長を支える驚異的なユニットエコノミクスと、その背景を解説します。この記事は無料で公開しているので、ぜひ最後までご覧ください。
この記事では、1ドル=100円($1 = 100円)として、日本円も併せて記載しています。
Nubankが上場
Nubankは、2012年にブラジルで創業されたFinTech企業で、近年話題の「ネオバンク(銀行代行業)」に該当します。2021年6月には投資の神様と呼ばれるウォーレン・バフェット氏の投資会社が5億ドル(約500億円)を出資したことで大きな話題となりました。
ネオバンクとは、銀行免許を持たずに、銀行に類似したサービスを提供する企業を指します。ちなみに、チャレンジャーバンクとは、銀行免許を持ち、大規模なデジタル化を進める企業を指すことから、銀行免許の有無で区別されています。
Nubankは上図のように、Nu Holdingsという親会社を中心としたホールディングス体制で運営されています。ブラジルを中心に、コロンビアやメキシコといったラテンアメリカで事業展開し、ドイツやアメリカなどに技術拠点があります。
Nubankの成功の裏には、ブラジルの社会情勢や銀行事情が関係しています。
ブラジルでは、スマートフォンが普及するなどデジタルインフラが整っている一方で、2019年時点で16歳以上の国民の1/3が銀行口座を保有しておらず、特に低所得者の銀行口座の新規開設が困難でした。
そこで、Nubankはオンラインで、低所得者でも簡単に口座開設できるようにしたことで、低所得者層の獲得に成功しました。その後は、コロナ禍での給付金の受給やEコマース利用を可能にしたことで、上図のように急速にユーザー数が増加しています。
Nubankの事業内容
クレジットカードからスタートしたNubankですが、現在では(1)支出(Spending)、(2)貯蓄(Saving)、(3)投資(Investing)、(4)個人向けローン(Borrowing)、(5)保険(Protecting)といった、5つのカテゴリで幅広く事業展開しています。
サービス展開としては、クレジットカードやデビットカードに加え、株式や債券等への投資、ローンなど、一般的な銀行と比較しても遜色のない多様なサービスを提供しています。
NubankのP/L
Nubankの2021年1-9月の9ヶ月間の売上は、$1.1B(約1,100億円)でYoY+98.7%です。内訳は以下の通りで、約6割がローンやクレジットカード等の利息による売上で構成されています。
(1)ローンやクレジットカード(リボ払い含む)等の利息による売上
売上:$607.2M(約607.2億円)、YoY+107.0%
(2)クレジットカードやデビットカード等の手数料による売上
売上:$454.9M(約454.9億円)、YoY+88.5%
単純に、年間売上を試算すると$1.1B ÷ 3 × 4 = $1.4B(約1,400億円) です。国内の地銀と比較すると、群馬銀行(2021年3月期で売上1,433億円)や、北洋銀行(2021年3月期で売上1,356億円)といった中堅地銀と同程度です。
また、国内の大手ネット銀行と比較すると、楽天銀行(2021年3月期で売上1,034億円)や、住信SBIネット銀行(2021年3月期で売上207億円)よりも大きいことが分かります。
次に、2021年1–9月の9ヶ月間の税引前利益は、▲$81.7M(約▲81.7億円)で、赤字が続いています。前年同期と比較して赤字幅は拡大していますが、売上が急成長している点を踏まえると、現時点では問題ないレベルと言えるでしょう。
コストの内訳を見ると、一般管理費が$404.7M(約404.7億円)で大半を占めており、マーケティング費用は9ヶ月間で$45.1M(約45.1億円)です。急成長中の企業のマーケティング費用としては控えめにも関わらず、ここまで急成長しているのはかなり驚異的です。
NubankのKPI
次に、NubankのKPIを見ると、2021年1-9月の9ヶ月間で、会員数は4,810万人(YoY+62%)、月間アクティブ会員数は3,530万人(YoY+73%)となっています。双方の数字からアクティブ率を計算すると73%となり、極めて高いアクティブ率を誇っています。
また、同期間でNubankを通した会員の総購入金額は$29.4B(約 2.94兆円)でYoY+104%、預金残高は$8.1B(約8,100億円)でYoY+98%で、売上と同じく前年同期比で約2倍の急成長を遂げています。
Nubankの驚異的なユニットエコノミクス
The self-reinforcing nature of our business model and our low operating costs have helped us generate strong unit economic performance, with an estimated LTV/CAC ratio of greater than 30x.
引用:Nubank F-1(2021年11月1日)
ユニットエコノミクスとは、1会員あたりの採算性を示す指標であり、LTV(Life Time Value:顧客から生涯に渡って得られる利益の総額)を、CAC(Customer Acquisition Cost:1顧客にかかる費用)で除したもの(LTV/CAC)で、Nubankのユニットエコノミクスは30倍以上です。
一般的に、ユニットエコノミクスは3倍以上が健全と言われていますが、Nubankのユニットエコノミクスはその10倍以上の水準のため、非常に採算性の高い事業であることが分かります。
Acquire customers organically at a low CAC – For the nine months ended September 30, 2021, our CAC was US$5.0 per customer of which paid marketing accounted for approximately 20%. Based on our internal research and publicly available information, we believe our CAC is one of the lowest across consumer FinTech companies in the world.
引用:Nubank F-1(2021年11月1日)
この驚異的なユニットエコノミクスの背景の1つに「CACの低さ」があり、Nubankの2021年1-9月の9ヶ月間のCACは平均$5(約500円)です。
これは、Nubankの調査によると、世界の消費者向けFinTech企業と比較して最も低い水準とのことです。
実際に、WordStreamの調査によると、金融・保険業界のGoogleの検索広告のCPA(Cost Per Action:広告による顧客獲得単価)は$81.93(約8,193円)であることから、NubankのCACは非常に低く抑えられていることが分かります。
参考:Google Ads Benchmarks for YOUR Industry [Updated!]
CACが低い理由
NubankのCACが低い理由は、「口コミや紹介による低コストな会員獲得」が機能しているためです。Nubankは会員との関係性を高めることで口コミや紹介を促進し、創業から年間平均で80〜90%の顧客を、マーケティング費用を投下せずに獲得しています。
上記に加えて、NubankはSNSマーケティングにも注力しており、LinkedIn(フォロワー370万人)、Facebook(220万人)、Instagram(220万人)、YouTube(96.6万人)と、各SNSで多くのフォロワーを獲得し、会員獲得につなげています。
CAC回収期間は平均12ヶ月以内
上図は、会員を獲得してからの経過月を横軸に、会員の累積利益からCACを差引した金額を縦軸に表した図で、12ヶ月時点で$0となっていることから、平均12ヶ月以内でCACの回収が完了していることが分かります。
ちなみに、NubankのLTVは非開示ですが、2017年1-3月に獲得した会員1人あたりの収益が2021年9月30日時点で12倍以上も増加していることや、2021年1-9月の解約率は平均0.1%であることから、NubankのLTVは非常に高いと思われます。
そのため、前述した口コミや紹介を中心とした会員獲得によるCACの低さと、LTVの高さの両面に優れていることから、CACの早期回収と驚異的なユニットエコノミクスが実現されていると言えるでしょう。
ユニークなサービス・月額のサブスクリプションサービス
2021年から、Nubankはクレジットカードやデビットカードの上位版として、富裕層向けの「Ultraviolet(ウルトラバイオレット)」というサブスクリプションのクレジットカード・デビットカードの提供を開始しました。
Ultravioletは、月額約$9(約900円)で、利用金額の1%のキャッシュバックに加え、保険や空港のVIPラウンジの利用等のMastercard Blackの全特典を利用することができます。
富裕層や利用頻度の高いユーザーにはメリットのあるユニークなサービスのため、新たな利用ユーザー層の獲得やさらなるユニットエコノミクスの向上に寄与するかもしれません。
調達した資金の使い道
We intend to use the net proceeds we receive from this offering for general corporate purposes, including working capital, operating expenses, and capital expenditures. Additionally, we may use a portion of the net proceeds we receive from this offering to acquire or invest in businesses, products, services, or technologies.
引用:Nubank F-1(2021年11月1日)
今回のIPOによる資金調達の資金使途は、「運転資金や営業費用及び資本支出を含む、一般的な企業目的に加え、サービスまたは技術の買収または投資に充当する可能性がある」としています。
現時点で重要な買収や投資に関する合意はないとのことですが、2020年は3件の大型買収を行っており、2021年11月にAI企業の買収を発表するなど、今後も積極的なM&Aを行う可能性があるでしょう。
日本のデジタル銀行などの情勢(みんなの銀行など)
ここで、簡単に日本のデジタル銀行について簡単に整理します。
2021年5月にサービス開始されたみんなの銀行は、ふくおかフィナンシャルグループによる国内初のデジタル銀行です。口座開設からATM入出金、振込など、全ての機能がスマホ上で完結でき、約2ヶ月間で8.5万口座の開設がされるなど、非常に注目されています。
2022年には、東京きらぼしフィナンシャルグループがデジタル銀行に参入する予定を立てており、みずほフィナンシャルグループもLINEと共同で新銀行の開業に向けた準備を進めているとのことで、今後も急速にデジタル化が進むことが想定されます。
まとめ
ここまで、記事の前半ではNubankの事業内容や決算情報、KPIを整理し、後半では驚異的なユニットエコノミクスとその背景を中心に解説しました。以下に、Nubankの重要なポイントを抜粋しています。
・Nubankの2021年1-9月の9ヶ月間の売上は$1.1B(約1,100億円)でYoY+98.7%、単純に年間売上を試算すると、$1.4B(約1,400億円)で、日本の上位地銀の売上と同程度の規模
・2021年9月時点の会員数は4,810万人で、月間アクティブ会員数は3,530万人であることから、アクティブ率は73%で極めて高い
・ユニットエコノミクス(LTV/CAC)は驚異の30倍以上
・口コミや紹介を中心とした会員獲得により、CACは平均$5(約500円)で、世界の消費者向けFinTech企業と比較して最も低水準
・CAC回収期間は12ヶ月未満
NubankのTAM(Total Addressable Market)は、ラテンアメリカ全域で2020年に$186B(約18.6兆円)で、2025年には$269B(約26.9兆円)と拡大することが予想されており、市場機会はかなり大きいと言えるでしょう。
口コミや紹介を中心に超効率的に会員獲得を進め、驚異的なユニットエコノミクスを誇るNubankの成長を、今後も引き続き確認していきたいと思います。
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