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「テクノロジーの地政学」人工知能(中国編): 中国の「AI大国」化を支えるシリコンバレー

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「Software is Eating the World」。
この言葉が示すように、近年はソフトウェアの進化が製造業や金融業などさまざまな産業に影響を及ぼしています。そこで、具体的に既存産業をどのように侵食しつつあるのか、最新トレンドとその背景を専門外の方々にも分かりやすく解説する目的で始めたのが、オンライン講座「テクノロジーの地政学」です。
この連載では、全12回の講座内容をダイジェストでご紹介していきます。
講座を運営するのは、米シリコンバレーで約20年間働いている起業家で、現在はコンサルティングや投資業を行っている吉川欣也と、Webコンテンツプラットフォームnoteの連載「決算が読めるようになるノート」で日米のテクノロジー企業の最新ビジネスモデルを解説しているシバタナオキです。我々2名が、特定の技術分野に精通する有識者をゲストとしてお招きし、シリコンバレーと中国の最新事情を交互に伺っていく形式で講座を行っています。
今回ご紹介するのは、第2回の講座「人工知能:中国」編。ゲストは、日米のスタートアップ複数社でCTO(最高技術責任者)を歴任し、中国のIT事情にも詳しい石黒邦宏氏です。

【ゲストプロフィール】

石黒邦宏氏
北海道大学農学部を卒業。株式会社SRAを経て、デジタル・マジック・ラボでインターネット経路制御の運用にかかわり、オープンソースソフトウェアで経路制御を実現するGNU「Zebra」を開発。「Zebra」をベースにした商用ソフトウェアを開発・販売するために、1999年にシリコンバレーでIP Infusion Inc.(米サンノゼ)を共同設立、CTOに就任。その後、株式会社ACCESSのCTOを経て、2015年より株式会社アプリックスCTO。Golden Whales社(米サンマテオ)の共同創業者でもある。


国家戦略を「逆輸入」人材が後押し

2017年、人工知能(以下、AI)関連企業の資金調達額は中国が世界一にーー。テクノロジー産業の先駆者的存在といえるシリコンバレーの企業群を抜いて、中国企業が世界トップに立ったというニュースは、IT関係者たちの間で大きな話題となりました。

この“地殻変動”の背景には、中国の国家戦略があるとされていますが、実際のところはどうなのか、石黒さんに伺いました。

シバタ:石黒さんと吉川さんは、共同創業したGolden Whalesを通じてAI、IoT(モノのインターネット)、FinTech、ロボティクス分野などのスタートアップに投資を行っているので、中国にも頻繁に行っているそうですね。どうですか、現地の様子は?

石黒:AI分野における中国企業の勢いは本当にすごいですよ。米CB Insightsの調査でも、2017年はAI関連スタートアップの資金調達額で中国がアメリカを抜きましたよね。中国企業が資金調達額の48%を占める一方で、米国企業は38%。2016年の同調査だと、中国企業の割合が11.6%だったので、この1年間で一気に逆転したことになります。

この潮流は、大手企業の研究開発費にも大きな影響を与えています。2016年までは、米Facebook、Apple、Google、Microsoft、AmazonあたりがAI関連の研究開発に投じる額が世界的にも断トツでトップだったんです。それが2017年のたった1年間で、中国の大手テクノロジー企業も一気にAI関連技術への投資を強化し始めました。

シバタ:これまでの中国企業は、主に製造業でアメリカや日本のメーカーの良いところをコピーしながら成長してきました。つまり「後追い」するのが基本戦略だったわけです。それがここに来て流れが変わったのは、2017年に中国政府が発表した「次世代AI発展計画」も影響していると思うのですが、どうでしょう?

吉川:投資や事業支援の現場から見える範囲に限ってお話すると、ここ1~2年で急に国がコミットし始めたという印象です。国家戦略として特定の技術分野にコミットするというメッセージは、やはり大きなインパクトがあったと思います。AIの歴史の中でも重要なターニングポイントになるのかなと。

石黒:ただ、歴史を振り返ると、中国はそこまでAI分野に強いわけではないんです。

最近のAI関連の研究、特にディープラーニングに関する新しい論文発表では、確かに中国系の研究者の存在がすごく際立っています。とはいえ、これはあくまでも「中国系の研究者」ということであって、実際はMicrosoftやGoogleといったアメリカ西海岸のIT企業からバックアップを得て研究したものが多い。今はそういった中国系の優秀な研究者を、中国企業が「逆輸入」している状況です。

シバタ:なるほど。「次世代AI発展計画」を実行する上での「種まき」が、今まさに行われているというわけですね。

石黒:そうだと思います。例えば中国の検索サービス大手であるBaiduは、「次世代AI発展計画」に先駆けて、2014年に著名なAI研究者のAndrew Ngを雇い入れています。

Andrewは、米スタンフォード大学からGoogleに入り、AI研究機関のGoogle Brainを立ち上げたことでも知られる中国系の研究者です。Baiduに移籍してからは、対話型AIプラットフォームの「Duer OS」や自動運転車向けのプラットフォーム「Apollo」などの開発プロジェクトをリードしていました。

現在、Andrewは起業してBaiduを離れていますが、彼のような事例が、中国のAmazonといえるAlibaba Groupや、SNS大手のTencent、家電メーカーのXiaomiといった企業群でも増えつつあるのです。


AI研究のど真ん中で台頭し始めた中国系研究者

このように、中国のAI開発が急伸している理由の一つは「北米でAIの研究開発をしてきた中国系の研究者を、中国企業が逆輸入している」ことにあります。

なぜこのような現象が起きているのか、理由を正しく理解するには、現在に至るまでのAI研究の歴史をさかのぼる必要があるでしょう。そこで石黒さんが、「第三次ブーム」と呼ばれる現在のAI研究がどんな変遷で進んできたのかを、象徴的な出来事と人材の動きから解説してくれました。

石黒:そもそもAIの研究には、1950年代後半~1960年代の第一次ブーム、1980年代~1990年代半ばの第二次ブーム、そして現在の第三次ブームという3つの時代があります。第一次~第二次ブームの時は世間の期待に実態が追いつかず、AI研究も冬の時代を迎えるというのを繰り返してきました。

ただ、第二次ブームの終わりくらいに、カナダのトロント大学とモントリオール大学の研究者たちが地道にディープラーニングの研究開発を進めた結果、1989年に「Convolutional Neural Network」という革新的な画像認識技術が発表されます。これはAI技術者の間で「CNN」と呼ばれており、生みの親の1人であるYann LeCunが作った「LeNet」という画像認識のアルゴリズムは、現在のディープラーニングの礎になっています。

その後の2006年には、これまたカナダのトロント大学でAI研究をしていたGeoffrey E. Hintonが、論文で「Layer-wise Pre-training」というディープラーニングの手法を発表して大きな注目を集めました。この2つのターニングポイントを作ったLeCunとHintonに、モントリオール大学でAI研究の権威となっていたYoshua Bengioを加えた3人が、現在のAI発展の礎を作ったということになっています。

AI研究における「カナディアン・マフィア」と呼ばれる彼らは、全員カナダで生まれ育ったわけではないんですね。LeCunとBengioはフランス生まれで、Hintonはイギリス生まれ。インターナショナルなバックグラウンドがあるわけです。

シバタ:世界トップクラスのAI研究者が北米に集まっていたのが、ポイントだったというわけですか。

石黒:そうなりますね。そしてこの傾向は、その後も続きます。

ここから「中国系のAI研究者」が台頭するまでの流れをかいつまんで説明すると、まずは2012年、ILSVRCという画像認識の性能を競うコンテストで「AlexNet」というCNNが驚異的なエラー率の低さを記録します。

この「AlexNet」の開発に携わったのが、Geoffrey E. Hintonらトロント大学の研究者たち。彼らはその後Googleに引き抜かれ、米スタンフォード大学と一緒に「GoogLeNet」という新しいCNNの開発を手掛けます。そして、この「GoogLeNet」の研究開発をしていた2014年当時の主要メンバーをまとめたのが、以下の一覧です。

(※石黒氏が作成)

シバタ:なるほど、中国系のAI研究者が2名、入っていますね。

石黒:ええ。この時期あたりから、中国系の「カナディアン・マフィアの愛弟子たち」が大きな成果を出し始めるようになります。

この一覧で紹介しているWei LiuやYangping Jia以外にも、2015年のILSVRCでこれまた驚異的なエラー率の低さを記録した「ResNet」の開発メンバーの中には、Kaiming He、Xiangyu Zhang、Shaoquing Ren、Jian Sunという4人の中国系研究者がいました。

当時は4人全員がMicrosoft Researchに在籍していて、Kaimingはその後、Facebookが立ち上げた研究機関のFacebook AI Researchに移籍します。そして、XiangyuとJianは顔認証技術のプラットフォーム「Face++」を開発・運営する中国の注目企業Megvii Technologyに移籍し、Shaoquingは自動運転に関する技術開発を行う中国のMomenta.aiでR&Dディレクターをやっています。


中国のIT御三家「BAT」が人類を進化させる?

(Baiduの「Apollo」プロジェクトの紹介ページには、J・F・ケネディの名言が引用されている。その理由とは?)

国による方針決め、そして人材獲得。「AI大国」になるための地固めを着々と進めている中国では今、具体的にどんな取り組みが行われているのでしょう。

ここからは、中国でIT御三家と呼ばれる「BAT」(Baidu、Alibaba、Tencent3社の頭文字を取った造語)の動きを中心に紹介していきます。

シバタ:Baiduは2016年、AI投資を主とした$200 Million(約200億円)のファンド「Baidu Ventures」を立ち上げ、成熟期のスタートアップへの投資を目的とした$3.1 Billion(約3100億円)のファンド「Baidu Capital」も組成しています。さらに2018年4月には、$500 Million(約500億円)のAI特化型ファンド「Changcheng Investment Partners」を立ち上げました。

Alibabaも、2017年10月に「今後3年間でAIや半導体関連の研究開発費として1000億元(約1兆7000億円)超を投入する」と発表しています。

Tencentは2社のような動きを見せていないものの、中国のロボティクス・スタートアップUBTECHが行った$40 Million(約40億円)の資金調達や、AIの導入を図るインドの配車サービスOlaの$1.1 Billion(約1100億円)の資金調達で、リード役となっていました。AI関連企業への投資を積極的に進めている印象です。

吉川:Tencentは、自動運転技術にも張っておく目的で、2017年に電気自動車の開発で知られる米Teslaにも出資しました。今ではシリコンバレーで投資をしているプレーヤーたちと、ほぼ変わらない存在感を持ち始めています。

シバタ:Baiduも、2017年以降は国内外のAIスタートアップを数多く買収・投資していますね。ただ、彼らの場合は、Tencentとは違った事情があるようです。業績が好調なTencentやAlibabaに比べると、やや苦しんでいるので。AIに大きな投資をすることで復活を狙っているような印象を受けます。

吉川:石黒さんが冒頭で話していたBaiduの自動運転車向けのプラットフォーム「Apollo」開発プロジェクトなども、その復活に向けた一手だと思いますよ。そして、このプロジェクトにはBaiduの気概のようなものも感じます。

「Apollo」というプロジェクト名は、米NASAによる人類初の月への有人宇宙飛行計画だった「アポロ計画」にちなんでいて、ソフトウェア開発プラットフォームのGitHubで公開しているソースコードの「README.md」(開発に参加するエンジニアに最低限読んでほしい項目をまとめたページ)には、当時のJ・F・ケネディ米大統領が語ったアポロ計画の抱負がそのまま引用してあるんですね。「我々は今後10年以内に人類を月に送る。なぜならそれは簡単ではなく、非常に困難なチャレンジだからだ」みたいな。

この名言を引用している時点で、非常に志が高いわけです。「これは人類全体にとってのチャレンジなんだ」という思いが伝わってきます。

僕たち日本人は、中国企業のやっていることを色眼鏡で見てしまう傾向がありますが、実は人類の発展のため本気でAI分野の研究開発を進めているんだと。そう考えると、我々も襟を正す必要があるなと感じます。


100億円規模の巨額調達も続々。注目のスタートアップ

ここまで、AI開発における中国全体の動向と、大手企業の取り組みを紹介してきましたが、次は世界的に注目されている中国のAIスタートアップをいくつか紹介していきます。

AIのジャンルは、大きく【1. 認識AI】【2. インターネットAI】【3. ビジネスAI】の3つに分類できます(「テクノロジーの地政学」で別回のテーマにしている、自動運転・ロボットなどを含む「自動AI」は除きます)。

ここでは、この3ジャンルで我々が注目している企業をいくつかピックアップしていきましょう。


認識AI: SenseTime(センスタイム)

2014年創業で、2018年4月にAlibaba Groupがリードする資金調達で$600 Million(約600億円)を獲得したAI画像認証プラットフォーム企業です。ユーザーは世界中に広まりつつあり、日本でも自動車メーカーのホンダと共同開発契約を結んでいます(石黒氏)。


認識AI: Megvii Technology(メグビー・テクノロジー)

2011年創業で、顔認証技術のオープンプラットフォーム「Face++」を運営するスタートアップです。「Face++」の技術を使い、何らかの形で顔認証されたユーザー数は全世界で1億人を超えており、顔認証の分野では世界屈指という呼び声があります。
 
前述した「ResNet」の開発主要メンバーのうち、Xiangyu ZhangとJian Sunが移籍した会社でもあり、2015年にAlibaba Groupと提携したのを機に急成長しています(吉川)。


 インターネットAI: Bytedance(バイトダンス)

日本のニュースアプリ「SmartNews」「グノシー」などの中国版とも言うべき「Toutiao」を運営しているのがBytedanceです。中国ナンバーワンのニュースアプリというだけあって、スケールは桁違いに大きいです。

「Toutiao」はユーザーデータや閲覧習慣に基づいて記事や動画を提供しており、月間アクティブユーザーで2億超、2017年の広告収入は$2.5 Billion(2500億円)に達しています。同社は他にも、日本の若者の間で流行している動画ソーシャルアプリ「Tik Tok」や、世界展開する動画視聴アプリ「TopBuzz Video」などを運営しています(吉川)。


ビジネスAI: Yi+(イープラス)

ビジネスAIサービスを提供する中国のスタートアップは、(今のところ)世界的に見て意外と存在感がありません。これは、BtoB分野ではまだまだ欧米企業が強いことが一因だと思われます。また、中国は他のビジネス領域でのAI活用が非常に盛り上がっていることも影響しているでしょう。

とはいえ、ここで紹介するYi+は、機械学習を用いてユーザーに適したコンテンツを届けるコンテンツマーケティングのプラットフォーム「Yi+AI」を展開するスタートアップで、合計の資金調達額が$25 Million(約25億円)となっています。Alibaba Groupも出資している要注目企業です(吉川)。


日本企業、逆転のカギは「データなし学習」にある?

講座の最後は、「かつての技術立国」だった日本は、AI分野おける米中の躍進をどう見るべきか? という点を全員で議論しました。

石黒:本当は、日本も中国と同じことをやろうと思えばできるはずなんです。

確かに現在の中国には潤沢な資金があって、それに比べたら日本は投資に回せるお金が少ない。人材面でも、今の中国系研究者の勢いには勝てないでしょう。でも、「国策としてAIに投資する」という点だけなら、金額の大小はさておき真似できますよね。そういう意味では、中国に学ぶことは非常に多いと言えます。

シバタ:そういう現状の中、日本のスタートアップや大企業はどう戦っていったらいいんでしょうか?

石黒:AIに関する研究や新しいアルゴリズムは、ほとんどがオープンソースとして公開されているので、それらを使う側には何の制約もありません。だから、後は「この分野にベットするか、しないのか」を意思決めするだけというか。

また、これまでのAI関連ビジネスでは日本企業の弱みになっていた「学習用データの量と質」も、アカデミックな領域でデータのいらないディープラーニングの研究が進んでいけば、ハンデじゃなくなるかもしれません。

シバタ:今までのAIビジネスでは、個人情報を含めたユーザー情報や、行動履歴をデータとして持っていればいるほど強者になれたわけじゃないですか? だからGoogleが強い、Facebookが強い、中国は人口そのものが多いからすごいとなっていた。

それが、「データを持たなくてもゼロからガンガンできるんだ」みたいに変わっていくのであれば、日本でもAI関連のスタートアップが躍進する可能性があるかもしれませんね。

吉川:日本の若いエンジニアたちが、柔らかい頭でAIを使いこなせば世界で戦えるぞ! みたいな展開になると面白いですよね。石黒さん、この「データなし学習」の研究って今はどんな感じなんでしょう?

石黒:この2~3年のAI研究におけるトレンドとしては、ビックデータを必要としない、あるいは少ないデータセットでもちゃんと学習できるというのが盛り上がっていますね。もっと言うと、囲碁AIで有名になった英DeepMindが開発した「AlphaZero」のように、データがゼロでも自分自身で強化学習していくようなAI研究が進んでいます。

これは何を意味しているのかというと、究極のAI研究とは「人間の脳がどう動いているか?」を解明することなんです。人間は、生まれてからある程度物心がついて、物事を認識し始める間に、そんなに大量のデータを蓄積していないですから。

こういった研究の成果がビジネスシーンにも応用されるまで、まだまだ時間がかかるでしょうが、今後のAIの進化をつぶさに見続けていけば、日本の企業にもこの分野での勝機が出てくるかもしれないなと。

シバタ:とても面白い未来予想ですね。今日はありがとうございました!

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