「テクノロジーの地政学」:ロボット産業(シリコンバレー編):「モノより体験」を売る時代のメーカー生存戦略
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「Software is Eating the World」。
この言葉が示すように、近年はソフトウェアの進化が製造業や金融業などさまざまな産業に影響を及ぼしています。そこで、具体的に既存産業をどのように侵食しつつあるのか、最新トレンドとその背景を専門外の方々にも分かりやすく解説する目的で始めたのが、オンライン講座「テクノロジーの地政学」です。
この連載では、全12回の講座内容をダイジェストでご紹介していきます。
講座を運営するのは、米シリコンバレーで約20年間働いている起業家で、現在はコンサルティングや投資業を行っている吉川欣也と、Webコンテンツプラットフォームnoteの連載「決算が読めるようになるノート」で日米のテクノロジー企業の最新ビジネスモデルを解説しているシバタナオキです。我々2名が、特定の技術分野に精通する有識者をゲストとしてお招きし、シリコンバレーと中国の最新事情を交互に伺っていく形式で講座を行っています。今回ご紹介するのは、第5回の講座「ロボット産業:シリコンバレー」編。ゲストは、米TransLink Capital共同創業者兼マネージング・ディレクターの大谷俊哉氏です。
【ゲストプロフィール】
大谷俊哉氏
慶應義塾大学理工学部を卒業、米スタンフォード大学経営大学院でMBA修了。三菱商事で複数の米国ベンチャーとのビジネスに取り組んだ後、光通信の米国ベンチャーキャピタル(以下、VC)部門のPresidentに就任。その後、米Everypath,Inc.の上級副社長として日本支社エブリパス・ジャパン株式会社を設立、事業運営を指揮する。2006年にVCのTransLink Capitalを立ち上げ、これまで6度のファンド組成に成功。シリコンバレーとアジア4都市(東京、ソウル、北京、台北)を拠点に事業開発支援を行う。
「4つのC」が重なり合って投資熱が高まる
日本でもRPA(Robotic Process Automation。企業の業務を自動化させるテクノロジーを指す)がにわかに脚光を集めているように、ロボティクス分野はもはや工場のオートメーション化だけでなく幅広い業界で「次の革新を生むもの」として認識され始めています。
そこでまずは、ロボット産業の二大巨頭と言える「産業用ロボット」と「ドローン」の進化と普及について、グローバルな動向を大谷さんに伺いました。
シバタ:TransLink Capitalのポートフォリオ(投資先スタートアップ)を見ると、さまざまなテクノロジー分野に及んでいます。その中で、大谷さんはどの辺りを中心に見ておられるのですか?
大谷:主にBtoB領域で、分野としてはソフトウェア、クラウド、人工知能(以下、AI)、ロボティクス、ドローンなどが多いです。
シバタ:今回はロボット産業がテーマなので、今挙がった分野はすべて絡んできますね。ということで、まずはロボティクス分野におけるグローバルな投資トレンドから解説をお願いします。
米CB Insightsが調べたロボット系スタートアップへの投資件数(2012年~2016年)を見ると、主要4ジャンル(エンタープライズ、コンシューマ、メディカル、その他)の中では特にエンタープライズ領域での投資が増えているようです。
大谷:2014年くらいを境に案件数が増え始めて、2016年まで年平均で150%以上の伸び率となっています。CB Insightsの同調査で資本調達額のボリュームを見ても、調達総額の半分近くを企業向けのロボティクスサービスを提供する企業が占めています。中でもドローン・重工業・小売・倉庫系サービスが多いです。
シバタ:次はそのドローンに注目したデータを見てみましょう。これまたCB Insightsの調査で、国別に見たドローン関連企業の資金調達額比較(2012年~2017年)によると、首位はアメリカで全体の65%。2位の中国は5%、3位のオーストラリアは4%ですから、アメリカが図抜けている格好です。これはやはり、軍事系でのドローン活用が背景にあるのでしょうか?
吉川:米3D Roboticsを筆頭に、一般のドローン開発も盛り上がっていますよ。ただ、この分野では中国メーカーのDJIがガーッと伸びて、一気に世界シェアを占めるようになったので、アメリカのドローン関連企業は伸び悩んでいるというのが実状です。
大谷:それと、この調査結果には時期的な影響も反映されていると思います。2012年~2017年の間には、ドローンのハイプ・サイクル(あるテクノロジー分野が成熟し、世に広まるまでの山谷を示す曲線図のこと)で大きく期待値が膨れ上がった時期がありました。だから、アメリカのドローン関連企業の資金調達額が非常に大きくなっていたわけです。
しかし、この「期待値のバブル」というのは大抵の場合しぼんでいきます。ドローン産業も例外ではなく、大きく2つの原因でバブルが弾けました。
一つは規制の問題です。アメリカは、テスト飛行をさせるにも、規制がけっこう厳しい。だから、この時期に資金調達したドローンの会社は、シンガポールや台湾などの海外でテストを行っていました。それが成長スピードを遅くした理由になったと見ています。
そしてもう一つは、先ほど名前の挙がったDJIの急成長。圧倒的なシェアを占めるようになったので、もうハードウェアはDJI製でいいんじゃないかという雰囲気が漂うようになりました。その後、シリコンバレーでは制御用ソフトの開発にフォーカスし直すなど、方針転換する企業も増えています。これらの企業は、引き続きアメリカで資金調達をしているものの、一時の勢いを失っています。
シバタ:とはいえ、アメリカ国内のコンシューマー向けドローン販売は年々増えているという調査結果も出ています(下図)。僕の周りでも、ドローンを持っている人がけっこういます。
(米Statista「Drones: A Tech Growth Market in the United States」(2017年5月23日)より抜粋)
吉川:最近は、家電量販店大手の米Best Buyなどでも普通に販売していますからね。オモチャとしてかサービス利用かはさておき、一般に普及し始めた感があります。
シバタ:山谷があるとはいえ、ロボットやドローンを開発する企業への投資熱は依然として高いということですよね。そもそも要因は何なのでしょう?
大谷:私は「4つのC」が要因だと思っています。3?5年前くらいから、Core Technology・Commoditization・Connectivity・Commercializationの4つがうまく重なり合うタイミングが来ているというか。
最初にCore Technology(コア・テクノロジー)の部分で、モーターやバッテリー、ライダー(短い波長のレーザーを照射することで物体までの距離を検知するセンサデバイス)など、ロボットやドローン開発に必要な部品が安く大量に提供されるようになっていきました。
それと同時に、Commoditization(コモディタイゼーション。汎用化のこと)が進んでいきます。ROS(ロボティクス専用OS)の制御やAIなどの技術分野でオープンソース化が進んだことで、必要なソフトウェア開発を素早く効率的にできる環境が整いました。
そして、歩調を合わせるように3つ目のConnectivity(コネクティビティ)、要するにIoTのようなビジネスモデルが一般化していきます。この流れはもう10年近く前から出ていましたが、クラウドサービスの進化によって、ロボットもドローンもインターネットと常時接続させながら大量に動かすことができるようになりました。
最後のCommercialization(コマーシャライゼーション)は、製造側の変化についてです。アジャイルやラピッドプロトタイピングといったWebサービス・ソフトウェア開発の手法が、ハードウェア開発にも広まり出して、少量多品種を素早く製造する方法論が確立されました。その過程の中で、iPhoneに代表されるような「部品は第三者に委託して作る」モデルも広まり、積極的にスタートアップと連携するメーカーも増えていきました。
この4つが絡み合うことで、「次のGoPro(米のウェアラブルカメラ&レコーダー企業)になる!」「次のFitbit(米のウェアラブル活動量計メーカー)になる!」というスタートアップがたくさん台頭し、彼らが競争していく中で産業全体での技術革新が急ピッチで進んでいったわけです。
鉄腕アトムを愛する国と、ターミネーターを恐れる国
ここまで、ロボットやドローンにまつわる「技術とお金の動き」を紹介してきましたが、今後の「実用化」「一般普及」はどのような形で進んでいくのでしょう。これを議論する上で、大谷さんは3つのキーワードを挙げてくれました。
シバタ:今回挙げていただいた
・“Cobot(コボット)”
・Autonomous / AI
・Robot as a Service
について、なぜこれらが重要なのかを教えてください。
大谷:はい。最初の“Cobot”は、日本語で言うと「協調ロボット」という意味です。これまでのロボットというのは、日本だとFA機器メーカーのファナックが各種の工場に売ってきたような産業用ロボットのイメージだったと思うんですね。安全面を考慮してちゃんと柵の中に入れて、特定の場所でだけ作業をこなすという。
今後はそこから進化して、人と隣接しながら作業をするロボットの開発がキーワードになってくると思います。人がいる場所を走ったり、何かの作業を隣で手助けしながら、場合によっては人間の作業を代替する。
そのために、2つ目のAutonomous / AI、つまりAIを使ってある程度自動で動く技術が問われるわけです。
そして、ビジネスモデルとして「Robot as a Service」を普及させることも大事でしょう。これは自動車産業で広がりを見せているMaaS(Mobility as a Serviceの略で、自動車を含むモビリティ自体をサービス化させる取り組み)と似ていて、ユーザーはロボットを所有せず、必要に応じて都度課金しながら利用するようになるという意味です。
Robot as a Serviceは、昔で言うオフィス機器のリースとは全く異なるビジネスモデルです。必要な時だけ使い、壊れたら勝手に変えてくれる。あくまでも「サービス」としてロボットを活用してもらうという考え方で、少なくともシリコンバレーにあるロボット関連会社は、ほとんどこのモデルでやっています。
吉川:将来的には、「ロボット家政婦さん」が家に来てくれるようなサービスも考えられますよね。
大谷:ええ。そうやって一般家庭にも広まっていく未来を考える際に、もう一つ考慮しておくべきなのが、国による「ロボットに対するイメージ」の違いです。
例えば、日本ではアニメの『鉄腕アトム』が人気だったせいか、ロボット=人に寄り添う、人を助けてくれる存在というイメージが根付いていると思うんです。ドラえもんもそうですよね。一方、アメリカでは映画『ターミネーター』シリーズや『アイ,ロボット』、最近だと『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』の敵役ウルトロンなど、ロボット=人を脅かす存在として描かれることが多い。
シバタ:なぜなんでしょう?
大谷:アメリカ人は、何の影響かは分かりませんが、ロボットに求めることの根本がユーティリティ(有用性)なんですよ。だから、ユーティリティを突き詰めた先に「いずれロボットに反旗を翻されるかもしれない」という発想が生まれるんじゃないかと。
吉川:面白い考察ですね。
大谷:でも、これは単なる妄想じゃないんですよ。TransLink Capitalは以前、幼児向けの知育ロボットを開発する米Ubooly(ウーブリー)に投資をしていたんですね。その際、某社に日本展開の相談をしに行ったら、「これは老人向けの癒しロボットとしても使えそうですね」と言われまして。
(スマートフォンのアプリと連動して人間とコミュニケーションを取るUbooly:画像は日本での販売元ソフトバンク コマース&サービスのWebサイトより)
吉川:確かに、アメリカでロボットが普及していく際はユーティリティ重視になっている気がします。
大谷:他方の日本は、やはりロボットに対してコンパニオン的な要素を求める傾向が強いように思います。ソフトバンクの「Pepper」もそうですし、そのPepperの開発を経て起業したGROOVE Xの林要さんも、「LOVE×ROBOT=LOVOT」というコンセプトを掲げてロボット開発を行っています。こういう発想は、アメリカのロボット関連企業ではなかなか出てきません。
ロボット産業の発展を加速させた「Andyの偏愛」
あるテクノロジーが一般に普及していく上では、大企業の役割も見逃せません。彼らが有望なスタートアップに投資をしたり、買収することで、実用化に拍車を掛けるからです。そこで次は、ロボット産業の発展に、シリコンバレー周辺の大企業がどのようにかかわってきたのかを見ていきましょう。
シバタ:大企業によるロボット関連企業の買収の歴史を紐解くと、2013年を皮切りに米Googleが関連スタートアップを買いまくっていた時期があったじゃないですか。東京大学発のロボット企業SCHAFT(シャフト)が買収されたのもこの時です。
吉川:翌2014年には、自立歩行ロボットの開発で知られる米Boston Dynamics(ボストン・ダイナミクス)も買収しています。
(開発するロボットが歩行する模様がYouTubeでたびたび話題に上がるBoston Dynamicsの製品群:画像は同社のWebサイトより)
シバタ:ただ、その後は業界全体での買収件数が年々増加していくものの、Googleによる買収はひと段落しています。Googleは2017年、SCHAFTもBoston Dynamicsもソフトバンクグループに売却しているので、むしろ手を引いているという印象すらあります。なぜなんでしょう?
吉川:スマートフォンOSの世界標準になったAndroidの生みの親、Andy RubinがGoogleを辞めたことが影響しているんじゃないかと思います。
彼は2013年12月にGoogleのロボット部門の責任者に就任しましたが、2014年に同社を退職しています。その翌年の2015年には、Googleおよびグループ企業の持ち株会社として米Alphabet Inc.が設立されました。この経営改革のプロセスで、ロボット開発に対する姿勢が変わったのは明らかです。
僕の憶測ですが、GoogleとしてはAndy Rubinを他社に引き抜かれると困るので、あの時期にロボット事業へ傾倒していったんじゃないかと思うんです。Andyはロボットが大好きで、Androidの次に手掛けるプロジェクトとしても非常に相性が良かったわけですし。
シバタ:なるほど。
吉川:だから、見方によっては非常に属人的かつ一過性の買収劇だったとなるわけです。ただ、あの時期にロボット開発に陽の目が当たったという意味では、大きなインパクトを残したと思います。
実際に、AndyがGoogle退職後に立ち上げたVC兼インキュベーターの米Playground Globalは、ロボットを含めたハードウェア系スタートアップにたくさん投資をしています。その延長線上で、米カーネギーメロン大学などいろんな大学とのコラボレーションも生まれ、ロボティクス分野の発展に今も貢献していますよね。この流れは、GoogleとAndyが生み出したと言っても過言ではありません。
ホテルの執事から地球の健康診断まで。先端ロボット紹介
ここからは、シリコンバレーにおけるロボティクス分野の最先端事例を紹介していきます。
この分野は、軍事用を除くと、大きく【1. 産業用ロボット/ドローン】【2. 消費者用ロボット/ドローン】【3. 医療用ロボット/ドローン】の3つに分類することができます。今回は、この3ジャンルの中で我々が注目するスタートアップをピックアップしてみました。
産業用ロボット/ドローン: Bossa Nova Robotics(ボサノバ・ロボティクス)
2005年に設立された米サンフランシスコのロボットメーカーで、小売店向けの商品管理ロボット開発を進めています。在庫データの収集と分析を自動化することで大規模リテールチェーンの運営を効率化することをミッションに掲げており、世界最大のスーパーマーケットチェーンである米Walmartの50店舗でテストを行っていたことで有名になりました。
これまでの合計調達額は$60.5 Million(約60億円)に上っており、類似企業のFetch Robotics(フェッチ・ロボティクス)にはソフトバンクが28億円を出資するなど、お店や倉庫の在庫管理ロボット開発は全体的に盛り上がりを見せています(吉川)。
産業用ロボット/ドローン:Saildrone(セイルドローン)
無人の水上艇船団を通じて収集した高解像度海洋データのプロバイダーであるSaildroneは、2013年に「海洋ドローン」をサンフランシスコからハワイまで航海させる実証実験に成功。現在はアメリカ海洋大気庁(NOAA)と提携しており、同社の海洋ドローンは海洋・大気測定装置として期待を受けています。
2018年5月には、地球の状態をリアルタイムでモニタリングする海洋ドローン船団を開発するために$60 Million(約60億円)を資金調達しており、非常に夢のある構想ということでピックアップしてみました(吉川)。
(Saildroneが開発する海洋ドローン:画像は同社のWebサイトより)
消費者用ロボット/ドローン: Chowbotics(チョウボティクス)
フードサービスロボットの開発を行うスタートアップで、最初のプロダクトである「サラダ調理ロボット」はボタン一つで複数のサラダを調理してくれる自動のサラダバーとなっています。
米カリフォルニアに本拠を置くイタリアンレストランのMama Miaや、サンフランシスコのコワーキングスペースGalvanize 、テキサスのH-E-B Groceryの社内カフェテリアなどで利用され、これまでに合計で$17 Million(約17億円)の資金調達に成功しています。
仕組みとしてはさほど難しいロボットではありませんが、アメリカは日本の飲食店チェーンと違ってスタッフの教育が行き届いておらず、仕事の質も店舗によってバラバラなので、そもそも「同じ料理を同じ質で作る」のが難しいのです。そういう背景もあって、同社だけでなく「ロボットシェフ」を開発するスタートアップにはバブルのようにお金が集まっています。
日本はオペレーションを自動化するたぐいの仕事が得意ですから、この分野で海外進出するスタートアップが出てきてほしいという願いも込めて紹介しました(吉川)。
消費者用ロボット/ドローン:Savioke(サヴィオーク)
自立走行型のデリバリーロボットを開発している会社です。同社のロボットはエレべーターにも自動で搭乗して客室のドア前まで到達することか可能なので、ホテルや高層ビル内でのルームサービスの用途で注目を集めています。日本では、品川プリンスホテルが導入しています。
SaviokeのCEOはRobot Operating Systemの「ROS」を開発したWillow Garageの出身で、同社のロボットはスターウォーズのR2-D2みたいな動きをしながら人や障害物を避けて動きます。これは、前述したユーティリティを追求したフォルムの一つという意味でも、個人的に注目しています(大谷氏)。
(Saviokeのデリバリーロボット:画像は同社のWebサイトより)
医療用ロボット/ドローン: InTouch Health(インタッチ・ヘルス)
創業は2002年と少々古い会社ですが、近年は患者と医師が違う場所にいてもリアルタイムでコミュニケーションが取れる遠隔診療用ロボットを開発・提供しています。カメラ・マイク・ディスプレー・スピーカーを備えたロボット「テレプレゼンス・ロボット」は、あのルンバの開発で知られる米iRobotと共同開発をしており、今年5月には$21 Million(約21億円)を追加調達しています。
機種のバリエーションも豊富で、ワイヤレスの遠隔診療コンサルティングロボットの開発も行っています。日本でも遠隔診療の法制度が変わり、今後、本格普及していくと見られているので、こういうロボット関連スタートアップにも飛躍のチャンスがあるかもしれません(吉川)。
(InTouch Healthが開発する遠隔診療用ロボットの一部:画像は同社のWebサイトより)
医療用ロボット/ドローン: Roam Robotics(ローム・ロボティクス)
空気圧を利用したアクチュエータ(電気信号を物理的な運動に変換する機械要素)で、関節機能に障害を持つ人の挙動をサポートする「エクソ・スケルトン」を開発している会社です。従来は医療用に使われた技術を一般消費者用に展開しようとしており、最初の製品はスキーヤー向け製品を発売予定とのことです。
特徴的なのは、金属で作られたアクチュエータではなく、柔らかい素材を使って人間の動きを柔軟にサポートしている点。こういうのを「ソフトロボティクス」と言って、ロボット産業でも注目され始めています。
ちなみに、ロボット工学の世界ではMoravec’s Paradox(モラベックのパラドックス)という考え方があって、これは「反射的に人間がやることをロボットにやらせるのはすごく難しいけれど、コンピュータが人間の行動を分析・最適化した結果を人間に指示してやらせると実は効率がいい」という実験結果から生まれたものです。
要は、考えるほうを機械がやって、動くほうを人間がやるという、従来のロボット開発とは異なる発想のモノづくりも出てきているんです。これは今後、いろんな分野に応用されそうだと感じています(大谷氏)。
「体験」を売る時代に必要な4つのチェンジ
講座の最後では、かつてのロボット産業で強さを見せていた日本企業が今後チャレンジするべきこととして、「メンタリティ」「ソフト」「マーケット」「ビジネスモデル」の4つで求められる変化を大谷さんが挙げてくれました。
シバタ:大谷さん、順番に詳しい解説をお願いします。
大谷:分かりました。まずは「メンタリティ」から。
我々TransLink Capitalがシリコンバレーとアジア4都市(東京、ソウル、北京、台北)を拠点に事業開発支援を行ってきた中で常々感じていたことの一つとして、日本の製造業の会社はNIH(Not Invented Here)という発想がすごく強いんですね。要は自前主義というか、他国や他社で生まれた技術は採用するに値しないと考えている節がある。
それに加えて、高度成長期の名残なのか、「良いモノを作れば売れる」という考え方も非常に根強い。今の時代のモノづくりでは、このメンタリティが変わらないと、国際競争力がどんどん落ちていってしまいます。
例えば、電気自動車(以下、EV)の開発では米Teslaが日本の自動車メーカーを先行しているじゃないですか。じゃあ、Teslaのモノづくりが100%完璧で素晴らしいか? というと、そうでもないわけです。実際、かつてのTesla車にはボディにわずかな隙間があって、「雨の日には雨漏りするから乗っちゃダメだ」なんて言われていました。
その他いろんな問題を抱えながらも、TeslaがEVのマーケットを開拓できたのは、マーケットの動向をつぶさに見ながら「欲しい」と思われるモノを素早く作り、提供し続けてきたからです。
以前、独Mercedes-Benzの人が「Teslaは体験を売っている」と話していて、まさにその通りだと思いました。こういう発想の転換が必要な時期に差し掛かっているという意味で、メンタリティを変えなければならないでしょう。
2つ目は「ソフト」開発の変化。メーカーにとって、ハードウェアを開発するだけで仕事が終わっていた時代は、もう過去のものとなっています。ロボットも同じで、クラウドサービスのプロセッシングパワーをうまく利用しながら、ハードとどう連携させるか? を考えるのが不可欠になっています。
そうすると、当然ながらソフトウェア側の技術に詳しい人が必要になっていきます。日本のメーカーも、最近はソフトウェアエンジニアを積極採用しているようですが、たくさん囲い込んで組み込みソフトの開発をやればいいかというと、そういうことでもないわけです。
今求められているのは、例えばPython(プログラミング言語の一つで、機械学習のためにデータを処理するライブラリが豊富にそろっていると評されている)でゴリゴリコードを書きながら、リアルタイムにデータ分析をしたり、数々のAI機能を実装できるような人材です。こういう人材を大量に採用するには、もう日本人だけをリクルーティングしていては間に合わない。よりグローバルな視点で人材を探しながらソフトウェア開発を推進していく必要があると持っています。
続く3つ目は、「マーケットの見方」についてです。これまで、海外進出と言えば欧米やアジア諸国がメインでしたが、今はやはり中国を見逃すわけにはいきません。中国の企業は、想定ユーザーの数が日本とはゼロが2桁くらい違うわけです。そうすると、作り方やマーケティングのやり方も全く異なります。日本企業は、この巨大なマーケットにどう入っていくか、真剣に考えなければならない時期になったと言えるでしょう。
最後の4つ目は、冒頭でRobot as a Serviceというキーワードを挙げたように、「ビジネスモデル」を変化させなければならないということです。サービス化が進むと、ハードウェアを作っている人よりもサービスを提供している人のほうが最終消費者に近くなります。極端なことを言うと、Googleが開発する自動運転車に乗る人は、クルマがどこ製かなんて気にもしなくなるでしょう。
これと同じことが、Robot as a Service、またはDrone as a Serviceの世界でも起こるのです。これをどう考えるか。自分たちが全面に出るのか、それとも後方支援に徹するのかという戦略も含めて、日本のメーカーは立ち位置をはっきりさせる必要があります。
吉川:事業のスタートラインから見直す必要があるのでしょうね。僕はGoogleが自動運転車の開発を始めると発表した時のニュースが今でも忘れられないんですよ。あの時、(Google共同創業者の)Sergey BrinとLarry Pageが、こんな話をしていました。
「僕らの母親はクルマの運転が下手で、まぁ見ていられない。この問題を解消するためには、何からやらなきゃいけないのか。まず、精密なマップを作らなきゃならない。マップさえあれば、オモチャのクルマを(自動で)走らせることができるからだ」
オモチャの延長線上にあるのが自動運転車だというのがポイントで、面白いスタートラインだなと思ったんです。それに、誰の問題を解決するのか? という点でも、運転のうまい人たちではなく、自分たちの母親のためなんだと。だからまずは自動車用の走行マップを作らなきゃならないという発想が、既存の自動車メーカーとは全然違うじゃないですか。
つまり、あの発表が示した事実は、「今あるものにフォーカスし過ぎると革新は起きない」ということなんです。
大谷:そうですね。もちろん、自社が強みにしているテクノロジーについては自前で作り続けるべきですが、それだけでなく他社に頼るという選択もよりいっそう大事になってくる。まずはここを明確にしていくのが、すごく重要だと思います。
2016年、シャープが台湾のグローバル電子機器メーカーであるFoxconn(フォックスコン)グループに買収されましたが、もしもあの買収が「シャープの経営状態がもっと良い状態で」「自分たちの強みを認識した上でFoxconnと組む」というものだったら、今よりももっと良い関係が築けたんじゃないかと思うんですね。
Foxconnはシャープの製品開発力に魅力を感じていたと公言していますし、シャープからすればFoxconnの持つ資金力とグローバルマーケットへの展開力を手にすることができる。国境と超えたこういう提携は、これからもっと増えていくべきだと思うのです。
ロボット産業でも、自社の持っているロボット技術を求める誰かと組んで、新しいことを始めることができます。その相手はGoogleかもしれないし、Foxconnかもしれない。うまくそういう企業と組みながら、外のマーケットを見る視座を得るという戦略は、「ゆでガエル」になる前に必ず必要になるはずです。
シバタ:本質的なご指摘、ありがとうございました!
今後もオンライン講座「テクノロジーの地政学」のサマリを配信していく予定なので、ご希望の方は「テクノロジーの地政学」マガジンをフォローしてください。
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