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会社を売却すると、創業者の身に何が起こるか

柴田: 「しば談」の第一回目は、習い事のマーケットプレイス、サイタを創業して売却した有安伸宏さんににお越しいただきました。まずは、簡単に自己紹介をお願いします。

有安伸宏さん(以下、敬称略): 19歳の時に初めて起業して以来、今まで4つ会社を作り、うち3社を売却してます。ネット系の創業経営者として、あわせて15年位の経験があります。直近に作った会社は、習い事のレッスンのマーケットプレイスを運営するコーチ・ユナイテッド株式会社。その会社を2013年に上場企業へ売却、2016年2月に社長を退任して、今に至ります。


個人でエンジェル投資もやっていて、家計簿アプリのマネーフォワード社、ファッションECのMaterial Wrld社など、コンシューマ向けの事業に投資しています。あとは、Tokyo Founders FundというExit(注:IPOもしくはM&A)を経験した日本人8人でやってるファンドで、アメリカのベンチャーを中心にシード投資をしてます。


最後まで自己資本のみでExitした稀なケース

柴田: サイタは売却まで6年ぐらいやってた計算ですね。

有安: そうですね。会社を設立してから6年ぐらい。最初の数年は、自分の趣味的な感じで事業を作っていたので、経営者として事業作りのギアを上げたのは2011年のサービス公開以降という感じです。

柴田: 自己資本でやってたんですよね。

有安: そうです。銀行融資は数千万円程度受けてました。当時の日本には、今と比べてVCが多くは存在しなかったので、直接金融の選択肢は多くなかった。ベンチャーやる人自体も少ない。当時、自分も26歳だったので「黒字出してる事業だし、資金調達するくらいなら売上伸ばしたほうが早いよな!」という若気の至り的な強気の姿勢もあり、自己資本でやってました。

柴田: でもやっぱり自己資本でやって、その借り入れもするってすごい大変じゃないですか。

有安: 当時は大変だという意識は全くなかったけど、リスクとってたのは事実ですね。

柴田: 借り入れってやっぱ個人保証付くんですか。

有安: 付きます。公的機関が提供する制度融資など、個人保証がつかない例外的なものも探すとあるんだけど、借りられる金額が小さかったり、条件が厳しかったりしました。「広告でガッツリ売上を伸ばそう」「エンジニアをXX人採用しよう」というような資金使途での数千万円単位の調達だと、やっぱり、代表取締役が連帯保証人になるのが普通だと思います。当時、リスクは全然気にせずに前のめりにやってたけど、今振り返ってみると自己破産のリスクをありますよね。ちゃんとしたビジネス経験がある、ファイナンス分かってる人に当時のこととか話すと「随分と危ない橋渡ったね」みたいなことを言われます。26歳ぐらいの若造で、数千万円を借り入れてた訳ですから。

柴田: 数千万円だったら最悪返せなくはないのかな、頑張れば。

有安: そうそう。「最悪、死ぬことはないよねー!」と楽観的でした。あと、その時の売上が月次で数百万円くらいあって、ちゃんと利益も出てたから、その収益モデルに金を突っ込むと言う前提だったから、あまり恐怖はなかったです。

柴田: すごいね。でも2013年頃に売却してって言う話なんですけど、100パーセント自己資本でやってって、相当珍しいじゃないですか。

有安: そう、実は相当珍しい。周りの友人経営者にも珍獣扱いされます。でも、資金調達の手段は、戦略実行のためのサブセットでしかないので、色々あっていいと思うんですよね。戦う市場と事業の性質、想定する時間軸によるので。


もう一度起業するならVCから調達する?

柴田: 今もう1回起業するとしたら、同じように自己資本でやります? それともVCから調達しますか?

有安: どちらもあり得る。戦う市場によるかな、と思います。戦う市場と時間軸で変わる気がします。例えば、ものすごい事業開発スピードが必要な領域で、一気にマーケットシェアをとりにいかないと滅びるというような領域で勝負するなら、全力でリスクマネーを調達する。逆に、腰を落ち着けて20年かけて1つの事業領域で人生かけてやるぞ、みたいな感じだったら、自己資本の方が良いですよね。VCは契約上10年でファンドの期限をむかえるから、時間軸の一点について、長くやりたい創業者とはどうしても利害が一致しない。なので、自己資本比率を高く維持することは、長期経営に向いてると思ってます。自己資本経営、同族経営と聞くと経営者としてアマチュアな香りも一瞬するんだけど、長期的に考えると良いこともたくさんあるな、と思う今日この頃です。

柴田: 確かに。僕なんか、なるべくシェアは1パーセントでも多く持ってたい人なので。

有安: そうだよね。創業者のメンタル的な好みもあるよね。戦う戦場はどこか、創業者のパフォーマンスが最大化される座組みは何か、の2つで決まる感じだよね。


売却先の選び方。なぜクックパッドに売却した?

柴田: いろいろ売却先の候補はあったと思うんですけど、売ってくれって言う人いっぱい居たと思うんですけど、何でクックパッドに売却したんですか。

有安: 事業が一番伸びそうだったから。最初に考えるべきは、何のために売るのかって言うところなんですけど、M&AやIPOには、利害関係者の色々な思惑とか、社員の人生がどうとか、考えることが本当にたくさんあるんだけど、一番大事なのは、事業がちゃんと伸びるかどうかと言うことだと思います。事業成長ありき。「売上は全てを癒す」という言葉もありますけど、スタートアップにおいては、「成長は全てを癒す」だと思うんですよね。ユーザーも、社員のキャリアも、僕の人生も、全員ハッピーにするためには、突き詰めると、事業がちゃんと伸びること。事業が伸びていれば大概のことはどうにかなるというのは真実だと思います。

柴田: 「売上は全てを癒やす」は本当にその通りですよね。

有安: 事業を主語にして考えて、ベストなパートナーがどこか、と考えた時の相手がクックパッドでした。他にもたくさん素晴らしいオファーいただいて、断る時は大変申し訳ない気持ちになりました。


売却したら「経営のギアチェンジ」ができた

柴田: 実際に今はちょっとクックパッド大変なことになってますけど、売却した後クックパッドグループに入ってみて、どうでした。どんなことが起こったかって言うのが、今日のテーマなんですけど。

有安: すごい良かった。一言で言うと「経営のギアチェンジ」ができたと感じてます。経営のレベルが上ったと言うか、穐田さんに取締役になってもらって、優秀な経営陣の採用にも成功して、経営をチームでできるようになった。それまではどうしても僕のワンマン経営だったのが、チームで経営をするって言うのにシフトして、経営の精度は確実に上がって、売上がちゃんと伸びたと言うところ。


表面的な「事業シナジー」は、最初から期待してなかった

有安: よく言われる、トラフィックを流していくとか、シナジーがどうこうとかってのは、実は期待していなかった。

柴田: 良いんですか、そんなこと言っちゃって。

有安: 表面的な事業シナジーなんて、もちろん0ではないけど、限定的なものだと思ってました。世に言う、スタートアップとネット系大企業が組んでやる、シナジーを見込んでの事業提携は、ほとんどただのPRだと思うんですよね。やってる当人たちも伸びるなんて思ってなくて、広報効果だけを狙ってる。もしも、シナジー狙いの事業提携、資本提携で、新規事業を伸ばせるんだったら...

柴田: とっくにやってる。

有安: そう。事業提携でインターネットの商売が伸びるんだったらヤフーも楽天も、傘下のすべてのサービスが総花的にガーッと伸びてるはずですよね。でも、日本でも海外でもそんな風にはなっていない。それは、やっぱり、インターネットを使ってるユーザーはPCだろうとスマホだろうと、あるサイトにアクセスする意図と行動ってあるじゃないですか。それは簡単には変わらない。本買いに来てる人に「ニュースアプリ落としてよ」って誘導したって、それはただの広告なので、広告と同じ費用対効果に落ち着く。うちがクックパッドと組んで本当に良かったのは、そういう表面的な事業シナジーじゃなくて、もっと経営の本質的な部分です。経営のレベルが一段上がったということ。これに尽きる。そして、クックパッドがすごく良い意味でうちの会社を放置してくれた。信頼して自由にやらせてくれた、任せてくれたって言うのがすごく重要だったと思っています。子会社管理の思想の根っこにあるのが、創業経営者に対する信頼でした。穐田さんの起業家に対する信頼する力が、すごく大きかったですね。スタートアップ投資家としても大きな結果を出している穐田さんならではの、起業家の心理を知り尽くした姿勢だったと思っています。普通、子会社管理のガバナンス視点だと、月次で数字を細かくコミットさせて予実管理するとか、そういうのが普通で、むしろそういうのを覚悟してPLも背負ってると思っていたんですけど、M&A前と変わらないレベルで、自由に思う存分やってくださいっていう感じでした。

柴田: オフィスは?

有安: 別です。今も別だし、今後も別だと思います。

柴田: それもすごいね。

有安: オフィスを親会社と一緒にするか別にするかは、企業文化をインテグレーションするかどうかという意思決定そのもの。そこは僕のエンジェル投資先の会社にもよく言ってます。もしも事業売却を考えるのであれば、相手とこちらの期待値をすり合わせるという意味で、そこを最初に握っておいたほうが良い、と。買収企業側もオフィスを一緒にしたい場合もあれば、別々でやりたいという場合もあって、そこはケースバイケースなんですよね。その創業経営者を本体の役員にしたいとかの意図があるんなら、やっぱり一緒にした方が良いとか、色々ありますよね。うちは結果的に別々にしてもらって、すごい良かった。

写真:コーチ・ユナイテッド社のオフィス風景

柴田: なるほど。逆にその人的な交流と言うか、例えばクックパッドから人を出してもらったりとかって言うのってあったんですか。

有安: クックパッドは広報チームが優秀なので、PRは今もすごく手伝ってもらってます。あとは、技術顧問って言う形で、シニアのエンジニアの方が時々オフィスに来てくれて机を並べて一緒に開発したり、側面支援は色々とやってもらって、非常に助かってます。

柴田: 「広報」と「技術」ですね、なるほど。


売却後の起業家の7割は元気がなくなる法則

柴田: 以上は、売却後の会社としての話をしてもらったんですけど、個人としてはどうですか。

有安: 個人としては意外と変わらなかった。人間30年も生きてるとそんな価値観とか変わんないし、こうして見れば分かるけど、服装とか変わってたらウケるじゃん。(笑)

柴田: ちょっと嫌だね、そういう人居るけどね、たまに。

有安: ただ、自分がエンジェル投資をしてみて、投資する側の気持ちとか、そういうのが分かるようになったのは結構最近ですね。投資家側の気持ちとか資本市場の論理って言うのは、前よりも理解できるようになった。

柴田: 良いですね。実際2013年に売却して2016年に社長退任してると思うんですけど、その3年間の間で、個人として一番大変だった時っていつですか?

有安: やはり、売却した直後の半年間は環境変化が大きかったですよね。自分もそうだし会社を売却した友人を何人も見てきてそうなんだけど、人生のモードが大きく変わるんだよね。今日の柴田君インタビューで言いたいなと思ってたのが、会社を売った起業家の7割は、一旦は元気がなくなるという法則。経営者同士で情報交換したりとかするんだけど、大体7割くらいかなーと思います。

柴田: 7割も?

有安: 7割が不幸になる、というと大げさだけど、少なくとも見た目の元気はなくなる。僕はどっちかと言うと非常にラッキーで、社員、経営チーム、親会社の3つに恵まれたおかげで、ハッピーな方の3割に入れた。でも、普通のM&Aだと70%くらいの確率で、創業経営者は元気がなくなる。

柴田: それ何故なんですか。

有安: あんまり難しい話じゃなくて、単純に、目標を失っちゃうから、だと思います。目標の喪失、自分がワクワクするものがなくなっちゃったって言う話。だから、次の自分のテーマを見つけないといけない。創業者にとって、M&Aは、個人で言うところの転職とか結婚に似た大きな環境変化なんですよね。転職や結婚する時って、大きく自分の周りの環境が変わるじゃないですか。そういう環境の変化が起こる、ということを意識して、変化を自分の中で消化していかないと、不幸になる。

柴田: 確かに、結婚は大きく変わるよね。その変化が良いか悪いかじゃなくて、とにかく環境が変わるんだ、ということを理解することが大事ということですね。

有安: 売却前も、売却後も、変わらずに同じオフィスへ行って、社員とミーティングして、同じように事業を伸ばすように頑張ってるんだけれども、そこの前提となる資本構成って違うって言うだけで、経営者のメンタルの状態が全然違う。当然、大きな資本の傘下にあるから安心感もあるけれど、人によっては、逆にそれだと「ヒリヒリしない」というリスクジャンキーな人もいるかもしれない。でも、事業の成長ストーリーと自分の人生の中で、M&Aがどういう位置づけにあるかを整理できていて、自分なりの目標、この事業をここまで伸ばすぞ!とか、親会社の社長にXX年までになるぞ!とか、そういう明確な目標があると新たにモチベーションが産まれますよね。創業者がちゃんと、これは自分の人生のトランジッションだという意識を持って、違うモードに入るんだって言う心構えができていないと、結構、皆アンハッピーになります。実は、そういう友人から愚痴を聞くことが最近多いです。

柴田: その愚痴を減らすにはどうしたら良いかって言うのをちょっと考えると、買う側の問題なんですかね、それとも売る側の問題なんですかね。両方なんでしょうけど、どっちが大きいの?

有安: 両方ですかね、結婚なので。夫にも妻にも原因がある。まず創業者、起業家側の話をすると、多くの場合がM&Aが初めてだから、想像がつかない。起業家側が目標を失ったことに気付かない。ワクワクしなくなることに気付かないのが、すごく多いと思います。

有安: 買う側の大企業サイドでよく見られるのは、起業家マインドの不理解。飽きっぽくて、わがままで、コントロール欲求の強い起業家がどうしたらモチベーション上がるか、を理解できる会社員は少ない。これは全く異なるキャリアを描いてきている人同士なので、仕方がない部分でもありますよね。社内の根回しのための資料作りに時間を多く取られたりとか、法務チェックで打ち手をつぶされたりとかしたら、簡単にモチベーションが落ちるんじゃないかな、起業家は。自分含めて、わがままな奴多いからね。(笑)

柴田: わがままじゃないと起業家なんてやってらんないって言うのもありますよね。

有安: そうですね。あとは、双方の事前の握りが不十分な例も時々ありますね。期待値の話なんですけど。新しい企画をバンバン出して欲しいのか、本社の経営に関わって欲しいのか、今の事業をどの段階でどれぐらい伸ばして欲しいのかとかって言うのの割合みたいな話ですね。

柴田: それってちゃんとやるんじゃないですか? ちゃんと事前にガッチリ決めてから買収するのでは?

有安: 意外とそうでもない事例があるなーと言う印象ですね。買収慣れしてる会社と不慣れな会社の差かもしれません。経営陣とは握れていても、事業部の現場レベルとは握れてないとか、大企業側も色々な役割の人がいるので。買収慣れしてる会社だと、アーンアウト(注: 売却後のキーパーソンへの成功報酬)の付け方とか、最近は結構巧みになってる事例が多いですよね。創業者の持ち株を100%全部買い取るのではなくて、一部残して置いて、数年後に事業価値を算定して、残りの株式を買う、というパターンも時々聞きます。

柴田: 上限と下限決めといて、その間で評価し直すというイメージですか?

有安: そういうケースが多いですね。上限はつけないというケースもあります。あとは、VC出資分だけ買い取っちゃって外部株主をExitさせて、創業者には株式をもたせたままにするとか。

柴田: それ創業者からすると美味しくないでしょ?

有安: でも2-3年後には必ず買ってもらえるので。

柴田: なるほど。最低でも下限の値段で買ってもらえる、ということですね。

柴田: あと、必ずしもその金銭的なインセンティブを与えることだけがモチベーションって訳でもないですよね。

有安: 20億円で売った人も100億円で売った人も、皆おしなべて70パーセントの確率で元気がなくなってるって言うのが僕の中の肌感覚ですね。起業家と大企業の双方の目線で、数年後に「あのM&Aは、成功でしたね」と言えるようになるための要件整理がもっと進むと、もっと良い関係、良いスキームが作れるんだろうなぁと思ってます。会社を売ろうか迷ってる創業経営者の相談を受けると、これはちょっと双方が不幸になる可能性が高いな...みたいなのは、話を聞いただけで結構見えてきちゃいます(笑)。


M&Aは結婚そのもの。価値観が違う2社がお互い努力すべき

有安: まとめると、M&Aは終わりじゃなくて始まり。それはキレイ事じゃなくて本当にそうなんですよ。売却する側、買収する側、双方のスタートラインなんですよ。結婚生活みたいな。

柴田: なるほど。良いこと言った。普通の人は結婚した後の方が長いですからね。

有安: 結婚って「ゴールイン」て呼ばれたりするけど、そんなことなくて、むしろそこから色々なことが始まる。他人と一緒に暮らすってすごいストレスですよね。でも、お互いを理解して、想像力持って、相手の目線にたって思いやりをもってやっていくとちゃんとうまく行く。でも、そこには努力が絶対必要で、多分どっちが悪いって言う事例はなくて、双方に責任と義務がある。なので、M&Aは結婚だっていうメタファーはピッタリなのではないかと思います。そういう意識がないと、誰かがアンハッピーになる。

柴田: 結婚もそうだと思うんですけど、片方がアンハッピーだと、普通両方アンハッピーになるじゃない、結果的に。

有安: だよね。起業家側もやっぱ心の準備ができてない人が多いですけどね。結婚ってことはつまりスタートラインで、事業のギアチェンジ、個人の人生としてのギアチェンジで、ギアチェンジちゃんとしないときつい。軋轢が起きる。そういう意識を起業家側としてもった方がいいぜ、ってエンジェル投資先の会社には言ってます。


自分がバリュー出せる会社にエンジェル投資をしたい

柴田: 個人としてのエンジェル投資とか、Tokyo Founders Fundの話を聞きたいなと思うんですが、どんくらい投資してるのですか。シリコンバレーだとこういう聞き方をするのですが、1年に何件くらい投資しますか? チェックサイズ(1件あたりの投資額)はいくらですか?

有安: なるほど、そういう聞き方なんだ。


写真:Tokyo Founders Fund / ©Katsumi Omori, courtesy of WIRED Japan

柴田: 大体月に1件投資する人なのか、3ヶ月に1件の人なのか。個人のエンジェル投資家の場合は、1社あたり250万円から500万円ぐらいだと思いますけど。

有安: 個人とTokyo Founders Fund含めると、月1、2件投資をしていて、1社あたり500万円から1千万円くらいですね。

柴田: 件数も投資額も小さくないですね。

有安: そうですね。Tokyo Founders Fundが数が多くて、それ含めても累計で20社ぐらい。個人で入れてる方は、「24時間、365日、小さなことでもいいからいつでもチャットで気軽に相談してくれ」って経営陣へ伝えて、要所要所、資金調達とか、採用関連とかのアドバイスをしています。結構良いエンジェルだと思うんだよね。笑

柴田: 良いエンジェルだね。

有安: チャットで相談すれば、10秒で分かることってありますよね。例えば人事労務とか組織の話。セオリーがやっぱり明確にあって、そういうのは全て経験則で解が見つかる。ググっても出て来ないし、誰もあんまり教えてくれないことを、エンジェルに聞いたほうが圧倒的に速い。

柴田: なるほど。

有安: 起業家目線だと、使えるエンジェルと使えないエンジェルが居ると思うので。本当に。僕はやっぱり自分が出資を受けてなかったこともあって、株ってすごく大事で、会社の支配権なので、おいそれと渡しちゃダメだよっていう話を、出資をしてくれって来た起業家に最初に言います。元々の知り合いじゃないのに、突然会いに来て「出資してください!」みたいなケースは時々あるんだけど、そういうの絶対ダメだよって伝えます。僕みたいなエンジェル候補に何人か会って、どの人が株主として一番使えるか、どの人とディスカッションをすると事業の勝ち筋がクッキリ見えてくるのかってのをシビアに見た方がいい。採用と同じだから。

有安: だから、株主は使い倒してなんぼ、俺のことも手駒の一つとして使い倒してくれって言言ってます。使い倒してくれるスタートアップになるべく僕はお金を入れるようにしてるって言うところですかね。自分が何らかの形でバリューアップできる会社にだけ。

柴田: それは面白いね。そういうエンジェルがもっと増えればいいなぁとは思いますね。起業家側から見ると、いつでも気軽に相談できる起業家経験があるエンジェルというのはすごく有難いですね。あとは、売上を持ってきてくれるエンジェル。笑


シードステージだと、日本の方が米国よりもバリュエーション相場が高い

柴田: やっぱ起業家増えてますか、東京では。

有安: 起業家増えてると思う。シリコンバレーとかと比べると、まだ全然少ないと思うけど、とは言え、過去に比べたら増えてる。カジュアルにみんな起業するようになったと思っていて、それはすごく素晴らしいことだと思います。

柴田: でも有安さんみたいなエンジェルってまだそんなに居ないですよね。決まった人しか居ないなって言う印象しかないです。

有安: そんなに多くないですね。やっぱりCPA(1ユーザーの獲得コスト)とLTV(1ユーザーからの生涯の売上)とかのユニットエコノミクスの議論ができるとか、このラウンドでこういう風にVCと交渉した方が良いとか、M&A交渉でこういうところ気を付けようとかって言う話ができる人がもっと増えると良い。だから、将来に僕自身がまた起業する時は、エンジェルから資金調達をする可能性はあります。

柴田: そういう人多いですよね、自分でお金もあって、別に自分でできるんだけど、助けて欲しいからちょっと株持ってもらう的な感じで。

有安: 成功の可能性を高めるために、有効だと思う。ただ、エンジェルの数を増やし過ぎるケースが時々ありますけど、それは逆効果ですね。エンジェル同士が遠慮しあったり、事業作りの思想が違う「流派」で議論するのは時間の無駄なので。

柴田: ちなみに相場感とか、バリュエーションとかどういう感じなんですか。

有安: Tokyo Founders Fundの投資先の多くはベイエリアの会社なので、USと日本の両方のスタートアップを見てるから分かるんですが、シリコンバレーより日本のほうが高いです。

柴田: 本当ですか。シリコンバレーだとどのステージでやるかにもよりますけど、シードラウンドで、バリュエーション(会社の評価額)が$10m(約10億円)超えることはあんまりないです。

有安: そうだよね。日本は、良い会社がやっぱり少ないから、美人投票で皆が入れたいところはやっぱ皆入れたいから、値段が上がってしまう。それはそれで悪いとは言わないけど、適切な時価総額でちゃんとステップアップしていくのがセオリーだなぁとは思います。

柴田: そうですよね。

有安: 売上もほとんどなくて、チームは良いのは分かるし、領域選択もなかなか良いのは分かるけど、それで15億円のバリュエーションか、というような例はありますよね。でも多分それでも投資するという人がいるのだから、起業家側としては、経済合理性のある行動として、バリュエーションを引き上げるわけだけど、そうするとエンジェルとしては、出せなくなっちゃうし、次のラウンドがダウンラウンドになるリスクもあります。

柴田: シリコンバレーの感覚だとトラクションがある前だと、やっぱりバリュエーションって言うか、キャップで大体$3m(3億円)から$5m(5億円)が普通で、よっぽど過去に成功経験がある起業家だったらもっとあげても良いんでしょうけど、って言う感じが普通だと思うんです。

有安: 企画書のみで、プロダクトなしの状態で、数億円のバリュエーションって言うのも時々ある。チームなし、オフィスなし、企画書のみ、一応業界経験10年ぐらい。当然、僕は投資しないわけですけど、後から話を聞いてみると、あっさりとお金が集まってたりする。ビックリしちゃいます。

柴田: それ、誰がいけないんですか。VCが値段付けちゃうからいけないんですよね、多分。

有安: 誰が悪いとかではなくて、でもお金がやっぱりジャブついてるって言うのが、本当にある。そして、日本の生態系は成熟してない、起業家人材の厚みが足りなくて、かつ、プロトコルが整備されていないな、と実感します。ベイエリアの話と比べると、本当にダサいって言うか、洗練されてない。例えば優先株での出資の場合、細かい条件の交渉とか、面倒臭いじゃん。アメリカで投資してると本当にSAFE(注: Y-combinatorが公開しているシードステージ用の投資契約書のテンプレート)で終わりなんだけど、日本だと1件ずつ個別に交渉している。

柴田: SAFEは基本的にコンバーチブルノートなんで、要するにその時には条件決めないじゃないですか。

有安: そうですね。だから、資金調達プロセスがとても速い。同じようにUSでも日本でも投資活動してても、全く違うオペレーション、全く違うスピード感でやっている気がする。日本も徐々に良くなって来てるとは思うけど。

柴田: 最近、500 Startups Japanが、SAFEじゃなくて、KISS(注: 500Startupsが公開しているシードステージ用の投資契約書のテンプレート)の日本版を出しましたね。

有安: 出ましたね。あれが日本で広まるかどうかは別として、ああいう動きは、業界のためになるよね。

柴田: 業界のためには良いなと思いますね。皆あれを使って資金調達やったら良いと思います。特にAラウンド、優先株の条件を決めるところ以外の前のラウンドは、どうせ条件交渉後回しにしてる訳なので。

有安: その方が良いよね。未来が不確実な段階で、起業家か投資家のどちらかがすごい得しちゃうって言う状況にするよりは、細かい条件は先延ばしにする方が合理的でフェアですよね。

有安: こういうテクニカルなことを、起業家が自分で調査したり設計したりすると時間がかかるので、信頼できるエンジェル投資家がチームに一人いると、その人の知見を丸っともらえますよね。こういうファイナンスとか組織づくりなどについては、とにかく「エンジェルは手駒として使い倒せ!」というのを起業家には言いたいですね。

柴田: 綺麗にまとまりました。今日はお忙しい中、ありがとうございました。


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