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ベンチャー経営者・M&A担当者が知っておくべき国際財務報告基準(IFRS)と日本会計基準の違い

3/15 12:28 訂正しました。

修正1 情けない漢字の間違いで「原価償却」となっていました。正しくは「減価償却」です。
修正2 減損テストのところで「通常、会計・監査法人等の第三者が行います。」となっていましたが、正しくは「会社側が減損テストを行い、監査法人が意見する。」です。

3/19 6:13 再度訂正しました

修正3 リクルートのM&A部分で、EBITDAと営業利益を混同している記述が見られたため、修正しました。


ここ数年間の間に、国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards、以下IFRS)に会計基準を変える上場企業が増えてきました。

テレコムだと、KDDI、ソフトバンク、ネット企業でも、ヤフー、楽天、DeNA、クックパッド、セプテーニなどが既にIFRSを採用しています。

それ以外にもトヨタ自動車、ホンダ、コマツ、日立製作所、東芝、三菱電機、パナソニック、ソニー、キヤノン、リコー、富士フイルムホールディングス、三菱商事、住友商事、三井物産、伊藤忠商事、丸紅、野村ホールディングス、オリックス、コナミ、NTT、NTTドコモ、ジュピターテレコムなど多数の「1兆円企業」が2016年度からIFRSへの移行を発表しています。

こちらの記事にあるように、IFRSは「グローバル企業」には必須のものとなります。

これらの企業(注:上述の「1兆円企業」)の共通点は、米国の会計基準で連結財務諸表を作成していること。ニューヨーク証券取引所など海外の市場で資金を調達するために、米国会計基準を使って米証券取引委員会(SEC)に連結財務諸表を提出している。こうした企業は、日本国内でも、米国基準の連結財務諸表を提出・開示できるという特例の適用を受けている。
ところが、この特例を定めた連結財務諸表規則が、2009年12月の内閣府令で改正・公布された。「国内での米国基準による開示は2016年3月期まで」に限定するという内容である。
この結果、連結財務諸表に米国基準を採用している上記の企業各社は、遅くとも2016年4月に始まる会計年度から、別の会計基準に切り替えなければならなくなった。日本で認められる会計基準は、日本基準かIFRSのどちらかであり、米国市場では日本基準による上場が認められていない。つまり、日米で上場を維持するにはIFRSしか選択肢はない。

日本基準からIFRSへの移行は、実際にやったことがある人ならご存知かと思いますが、血の滲むような大変さです。担当した人は「もう二度とやりたくない」とよくおっしゃいます。会計基準が変わるわけですから、経理・財務担当者は、実際には膨大な作業を行なう必要があります。

他方、「普通のビジネスマン」にとって影響はないのでしょうか?

このnoteでは、(特にネット業界の)「普通のビジネスマン」が知っておくべきIFRSと日本基準の違いについて、簡単に説明したいと思います。

これらは、経理・財務担当者だけでなく、営業担当者からエンジニアまで広く知っておくべきことだと思っています。このnoteで書く概要レベルの理解がないと、少なくても経営者の意思決定とその論拠が理解できなくなる可能性があるからです。

また、スタートアップ(ベンチャー企業)の経営者にも、IFRSの理解は必須であると言えます。特に、M&Aで自社を売却する場合、売却先の財務会計基準がIFRSなのか日本基準なのかで、M&Aのディールそのものが大きく異る可能性が多々あります。(詳細は追って説明します。)


IFRSと日本基準の最大の違い: M&Aで発生する「のれん代」の償却

このnoteでは、2つの財務会計基準の違いを全て網羅することはしません。「全ての違い」を説明するには、このページにあるように10以上のPDFが必要で、そこまでの詳細は「普通のビジネスマン」には必要ないはずです。

特にネット企業の場合、知っておくべき違いはM&Aで発生する「のれん代の償却」に関してです。

会計ルールは、見ていると疲れるので事例でいきましょう。ある「大企業」が「スタートアップ」を買収するとします。それぞれ以下のような財務状態とします。

大企業
  売上: 100億円
  営業利益: 10億円
  時価総額: 500億円
スタートアップ
  売上: 10億円
  営業利益: 1億円
  簿価: 10億円

ここではこの「スタートアップ」を100億円の現金で買収する例を考えてみましょう。


「のれん代」とは何か?「減価償却」とは何か?

簿価10億円の会社を100億円で買収するので、「大企業」のバランスシートから100億円の現金が減り、スタートアップの簿価分の10億円以外にも90億円分の「何か」をバランスシートに追加しないと、バランスシートがバランスしなくなります。その「何か(=買収額と簿価の差分)」を「のれん(代)」と言います。

次に、「減価償却」について簡単に説明します。分かりやすい例で、企業が100万円のサーバーを買う場合を考えます。

この場合、サーバー購入時に100万円の支出にとなります(現金が100万円減り、有形資産が100万円分増える)。他方、100万円を全額費用計上することは(通常)出来ません。

ハードウェアであれば、物品ごとに耐用年数が定められ、この100万円の支出をその耐用年数に渡って、「減価償却」していく必要があります。

例えば、耐用年数が5年の場合、1年毎に20万円ずつ費用を計上します。1年目は100万円の支払いをしているのに、20万円だけを費用計上します。2年目〜5年目は現金支出はゼロにも関わらず、20万円/年ずつ費用計上します。(厳密に言うと、定額法と定率法があるのですが、ここでは簡略化のために定額法で説明しています。)

さて、M&Aの話に戻すと、M&A時に発生する「のれん」も、ハードウェアと同じように「償却」する必要があります。この「償却」の考え方が、IFRSと日本基準で大きく異なります。


日本基準の場合の買収後の売上・営業利益

冒頭の例に戻ります。ここでは、90億円の「のれん」を10年間の定額で償却するとします。つまり、連結時点から、毎年9億円 x 10年間のれんを償却する必要があります。

無事にM&Aが完了した場合、「大企業」の売上・営業利益は以下のようになります。

大企業
  売上: 110億円
  のれん償却前の営業利益: 11億円
  営業利益: 2億円

売上は、新たに10億円が加算され、100億円 => 110億円になります。(単純化のために、「大企業」と「スタートアップ」の間の内部取引は無いものとします。)

営業利益は、新たに1億円が加算され、11億円になるのかと思いきや、そうはなりません。「のれん償却前の営業利益」は11億円になりますが、そこに新たな営業費用(=のれん償却代)が9億円かかるので、営業利益は10億円 => 2億円と減ってしまいます。

本来成長のためと思って行なうM&Aであり、かつ、利益も出ている黒字の「スタートアップ」を買収するだけで、営業利益が減ってしまう、ということが起こりえます。

のれんを毎年9億円ずつ償却せねばならないからと言って、現金が9億円ずつ減るわけではありません。(現金は、買収時に100億円支払います。)それにも関わらず、会計上の営業利益は、このように買収前の1/5に減るという事態が起こりえる、というのが、日本会計基準の特徴です。

そして、営業利益が1/5に減ってしまう訳ですから、多くの株主から見ると、このM&Aは支持しにくい、ということが起こります。つまり、「大企業」から見ると、このM&Aは100億円という現金以上に相当な覚悟がないとできないM&Aということになります。

つまり、急成長市場で、急成長するスタートアップをたくさん買収したいような場合、日本会計基準は極めて辛い、ということが言えます。


IFRSの場合の買収後の売上・営業利益

次にIFRSの場合を考えてみましょう。IFRS適用の場合、買収直後の売上・営業利益は、以下のようになります。

大企業
  売上: 110億円
  営業利益: 11億円

(内部取引がないという前提で)売上・営業利益ともに、「大企業」と「スタートアップ」のそれぞれを足し算したものになります。つまり、IFRSでは「のれん」を償却しなくていいように見えます。

が、実際には、「のれん」を償却しなくていいのではありません。IFRSでは、毎年「減損テスト」というものを行い、それに従って、「のれん」の償却額が決まります。

「減損テスト」というのは、その時点での「のれん」の価値を再評価し、価値が(著しく)失われている場合は、減損処理する必要があります。会社側が減損テストを行い、監査法人が意見します。

例えば、買収1年後に、「スタートアップ」から継承した事業が思うように進まず、「減損テスト」にて当初は90億円あった「のれん」の価値が50億円しかないと判断されたとします。この場合は、40億円を費用として計上する必要があります。

減損テストで、のれんを減損した例を2つほど上げておきます。

米ヤフーの例では、2015年10-12月期の決算で、Tumblerを始めとした過去のM&Aから発生したのれん代、計$4.461B(約4500億円)を減損処理しています。

楽天の2015年決算で、381億円の減損が計上されています。主にPrice MinisterとKoboの影響が大きいです。

これらの「減損処理」は、現金支出を伴う訳ではありませんが、会計上は費用として計上しなければならない、ということです。


まとめ: M&Aで発生する「のれん代」の償却

以上のように、IFRSと日本基準では、「のれん代」の償却に関するルールが大きくことなります。簡単にまとめます。

日本基準
  のれんは毎年一定額を償却する必要あり
   ☓急成長する市場で急成長スタートアップを買収したい場合に不利
   ◯予定外の「のれん減損」のリスクは少ない
IFRS
  毎年「減損テスト」を行い、実態に沿って「のれん」の評価損を計上
   ◯急成長する市場で急成長スタートアップを買収したい場合に有利
   ☓買収後に予定通りに進捗しないの場合、(大)減損が起こりうる

もう少し具体的な例で考えてみましょう。

貴方が「大企業」側の事業責任者だとして、非常に急成長しているスタートアップ(まだ赤字だが凄まじい成長スピードで市場シェアを取っている)があり、その会社を買収して取り込みたいとします。

貴方の会社が「日本基準」であるとすると、この買収に関して経営陣を説得するのはかなり困難になるでしょう。というのは、買収後に、1) スタートアップの赤字分、だけでなく、2)のれん代の償却分の両方が貴方の担当事業のP&Lにヒットし、買収後しばらくは、貴方の担当事業のP&Lは増収だが「(大幅な)減益」になることがほぼ確実だからです。このリスクを取ってまで買収を実行できる「大企業」の人はほぼいないと思います。

貴方の会社が「IFRS」を採用しているのであれば、買収に関して経営陣を説得できる可能性が高まります。少なくても、上記の2)のれん代償却分は、(減損テストをパスしている限り)貴方の担当事業のP&Lには影響しません。つまり、買収するスタートアップの成長率が高く、買収シナジーによって、黒字化が見えているのであれば、近い将来、買収効果で「増収増益」になる可能性が高くなると言えるでしょう。(また、このように高成長率・すぐ黒字化、というのが実現できる=減損リスクが小さくなる、とも言えます。)

貴方が「スタートアップ」側の経営者だとして、上の話を逆の立場から考えてみてください。

「日本基準」の「大企業」に売却するには、現実的に考えると、1) のれん代が小さい(=売却額が小さい、つまり人材採用に近い形の身売り)、あるいは、2) 十分に利益が出ていて、買収後に、「償却するのれん代」と「営業利益」がほぼ同じくらいに出来る、つまり、「大企業」側のP&Lが「減益」に(ほぼ)ならない、というケースが現実的かと思います。

「大企業」がIFRSを採用している場合は、「赤字だけど超急成長中」というケースも十分売却できる可能性があります。


実例: リクルートによる欧州オンライン美容予約「Hotspring社」の買収

2015年5月に、リクルートが欧州でオンライン美容予約サービスを展開するHotspring社を約204億円で買収しました。この事例で考えてみたいと思います。ちなみに、リクルートは、日本基準を採用しています。

要は、欧州版の「ホットペッパー・ビューティー」を買収したということです。

買収時点での前期の数字で、(1ポンド150円として)売上が約6.5億円、EBITDAが-9.5億円の会社の価値を204億円とみた、ということです。ただし、右側のグラフにあるように、店舗数がYoYで2.5倍も増えています。

このケースで、買収後のP&Lへの影響を考察してみましょう。

売上・EBITDAともに、2015年に1.5倍になるとします。売上は9.7億円、EBITDAは14.2億円の赤字になります。簿価は良くわからないのですが、CrunchBaseによると、$110m(約120億円)調達していることになっています。ソフトウェア系のスタートアップの場合、簿価≒調達額のことが多いので、ここでは割りきって、簿価=120億円として進めます。

この買収の連結処理が完了すると、リクルートへのP&Lインパクトはこんなイメージになります。

売上: +9.7億円
営業利益: -22.6億円
  Hotspring社のEBITDA: -14.2億円
  のれん代の償却(10年償却と仮定): -8.4億円(=(204-120)/10)

つまり、売上は9.7億円増えるが、営業利益を22.6億円減らす買収に204億円払った、ということになります。この買収を高いと見るか安いと見るかは人それぞれなのですが、逆の言い方をすると、少なくても短期的にはマイナスのP&Lインパクトがあるのにこれだけの金額を払ったということは、リクルートとしては、海外展開のためにこの会社を何としても買収したかった、ということなのだと思います。

営業利益が22.6億円マイナスというのは、リクルート規模の会社であれば、全体の営業利益の1%程度だと思われますので、あり得る話ですが、リクルートみたいな大企業でなければ、とても手が出せなかったディール・条件だとは思います。

(ところで、リクルートは、海外でM&Aを続けるのであれば、早期にIFRS移行した方がいいと思うのですが...)


おまけ1: 米国基準のGAAPって何?

アメリカの上場企業の決算を見ていると、「GAAP」という単語が良く出てきます。GAAPとは、Generally Accepted Accounting Principlesの略で、アメリカの会計基準のスタンダードだと思ってください。

実は、IFRSとGAAPはほぼ同じです。IFRSは、アメリカ外の企業が(最大の経済国である)アメリカの投資家にも簡単に比較できるように、GAAPに似せて作られています。細かいことはさておき、大雑把に言うと、GAAPとIFRSはほぼ同じとおぼえておきましょう。


おまけ2: GAAP/IFRS企業における「株式(含・ストックオプション)報酬」

これは日本ではあまり見かけないケースですが、アメリカのハイテク系の企業では一般的に行われているのが、「株式(含・ストックオプション)報酬」です。要は、従業員への給与の一部を、株式(またはストックオプション)で支払う、という形です。

経営陣としては、全社員に経営意識を持って欲しいので、このようなことをします。株価が上がれば、従業員にも恩恵があり、逆に株価が下がればその逆になります。こうして、上場後であっても、従業員が会社の業績を上げるために努力するインセンティブを与えています。

このように株式報酬を比較的大規模に行っている企業の場合、決算資料に、non-GAAPとGAAPという2つの指標が開示される場合があります。

(例外はありますが)通常、経営者は、non-GAAPベースのKPIで意思決定をしています。他方、正式な決算として開示されるのはGAAPベースである必要があります。つまり、non-GAAPは「社内用のKPI」ということです。他方、この2つに大きな差がある場合は、両方を開示するケースがあります。

例えば、Facebookの場合、GAAPとnon-GAAPの差分を説明するスライドが毎回あります。

GAAPとnon-GAAPの差分として出てきている項目は2つで、一つ目が株式報酬(Share-based compensation and related payroll tax expenses)です。四半期あたり、$772m(約850億円)もの報酬が株式報酬として支払われています。この費用は、GAAPベースでは費用計上されるのに対して、non-GAAPベースでは費用計上されません。

二つ目は、無形資産の償却(Amortization of intangible assets)です。これは、のれん代の減損処理も含みますが、こちらも同様にGAAPベースでは費用計上されるのに対して、non-GAAPベースでは費用計上されません。


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