MaaS市場「1000兆円」勝者は誰に?テクノロジーの地政学・全文公開#2
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私シバタナオキと吉川欣也さんの共著書『テクノロジーの地政学 シリコンバレーvs中国、新時代の覇者たち』が、今年11月22日に発売されました。このnoteでは、これから毎週1章ずつ「まるごと」全文を公開していきます。
今、政治・経済で中国企業が話題に上る機会が増えています。背景にあるのは、中国のテクノロジー産業が急速に発展し、米国や日本の脅威になりつつあるという事実です。一方で、中国企業はシリコンバレーおよび米西海岸の企業群と密接に絡みながら(影響を受けて)進化を遂げてきたという側面もあります。
本書『テクノロジーの地政学』は、このシリコンバレーと中国のテクノロジー動向を深掘りしてまとめた一冊です。全6章を小分けにしてお届けする「全文公開」をご覧いただき、面白そう、役に立ちそうと感じたら、ぜひ書籍をお買い求めください。
本エントリでは、近年の日本経済を支えてきた自動車産業や、ライドシェアについての米中最新動向をまとめたChapter02:次世代モビリティの内容を全文公開します。
この記事の目次
・書籍『テクノロジーの地政学』とは?
・全文公開Chapter02:次世代モビリティの概要
・次世代モビリティのマーケットトレンド
シリコンバレー編/「クルマのサービス化」を支えるソフトウェア企業
中国編/電気自動車「普及と発展の震源地」になった中国
・次世代モビリティの主要プレーヤー
シリコンバレー編/メガIT企業の異業種参入で競争のルールは変わった
中国編/自動運転車やEV開発で世界を揺るがす企業が登場
・次世代モビリティ分野の注目スタートアップ
・未来展望
シリコンバレー編/IT企業が自動車メーカーを買収する日は来るか?
中国編/産業を育てながら「北京の空を青くした」中国の凄み
書籍『テクノロジーの地政学』とは?
本書は、2018年6月~9月に我々が主催したオンライン講座「テクノロジーの地政学」を書籍化したものです。講座では、以下に記す6分野を中心に、シリコンバレーと中国それぞれのマーケットトレンドや主要プレーヤーを解説しました。
Chapter01:人工知能(全文公開中)
Chapter02:次世代モビリティ
Chapter03:フィンテック・仮想通貨
Chapter04:小売り
Chapter05:ロボティクス
Chapter06:農業・食テック
なぜ「シリコンバレーvs中国」の比較形式にしたかというと、この2地域の企業動向が、今後の世界経済を確実に左右すると見ているからです。私たちがそう考える理由は2つあり、詳しくは以下のエントリで説明しています。
日本でも話題になった「ファーウェイ騒動」は、まさに本書で取り上げた米中による技術戦争の影響です。事の真相を理解したい!という方はこちらもお読みいただければ幸いです。
話を戻して、本書は上記した6分野ごとにシリコンバレーと中国の現地情報に精通した「ゲスト解説」をお招きして、
・マーケットトレンド解説(シリコンバレー編/中国編)
・主要プレーヤー解説(シリコンバレー編/中国編)
・各分野の注目スタートアップ
・未来展望(ゲスト解説と我々による議論)
の4つをまとめています。
今回取り上げるChapter02:次世代モビリティの全文も、この構成に則って紹介しています。ここでは文章だけを抜粋していますが、書籍では「シリコンバレーvs中国で各分野の動向を見開き比較」している他、「市場調査会社が出している最新データ」や「主要プレーヤーが開発する製品の説明画像」もふんだんに盛り込んでいます(サンプルページは以下です)。ぜひお手に取ってみてください。
全文公開Chapter02:次世代モビリティの概要
さて、ここからが書籍『テクノロジーの地政学』のChapter02:次世代モビリティの全文公開となります。
シリコンバレーや中国の企業は、電気自動車(以下、EV)や自動運転車の普及に向けた取り組みを強化しています。そこで主役となっているのは各種ソフトウェア企業です。これまでIT・インターネット産業を主戦場にしていた企業が、どのようにモビリティの未来を変えていくのか。変化の模様を紹介しましょう。
《この章のポイント》
■ シリコンバレー
「クルマのサービス化」MaaSに関する技術開発が進む
グーグルやテスラはすでに「自動運転」の実証実験を行う
■ 中国
ネット検索大手のバイドゥが自動運転技術の先駆者に
新興EVメーカーや巨大なライドシェアサービスが台頭
《この章のゲスト解説》
■ シリコンバレー編
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
マネジングディレクター
木村将之氏
大学院修了後、有限責任監査法人トーマツに入社、スタートアップの株式公開やM&Aのコ ンサルティングに従事。2010年よりデロイト トーマツ ベンチャーサポートの第2創業に参画し、スタートアップと大企業のオープンイノベーションによる新規事業開発事業を立ち上げ、世界20カ国でのスタートアップ支援体制を構築。2015年からシリコンバレーでマネジングディレクターを務め、モビリティ、金融、製造業関連企業のオープンイノベーションプロジェクトを多数手掛ける。加えて、シリコンバレーの動向を日本に発信する有志のプロジェクト「シリコンバレーD-Lab」のメンバーも務める。
■ 中国編
匠新(ジャンシン) Founder CEO
田中年一氏
東京大学工学部・航空宇宙工学科を卒業。Hewlett-Packardで大企業向けエンタープライズシステム開発・販売に従事した後、デロイト トーマツに転職。12年間、M&Aアドバイザリ ーや投資コンサルティング、IPO支援、ベンチャー支援、上場企業監査などに従事。うち2005年~2009年の4年間はデロイトの上海オフィスに駐在し、中国企業の日本でのIPOプロジェクトや日系現地企業の監査、投資コンサルティング業務などを手掛ける。2013年に独立し、上海を拠点に日中でスタートアップ支援と大企業向けオープンイノベーション支援のアクセラレーター事業を展開する「匠新」を創業。米国公認会計士、中国公認会計士科目合格(会計・税務)。
次世代モビリティのマーケットトレンド
■ シリコンバレー
この産業の重要なテーマになっている「乗り物のサービス化」を支えるのは、各種ソフトウェアの進化。シリコンバレーはその点で先駆者的な立場となっている。
【MaaS】
2030年代初頭には約1000兆円市場に
米ARK Investの予測(2017年)。クルマのサービス化を促すMaaS(Mobility-as-aService)の隆盛で、シリコンバレーでも自動車関連のスタートアップが急増している。
【自動運転】
2017年の関連投資は年間約4400億円
米CB Insights調べ(2018年)。2016年までは年間で1500億円規模だったことからも、 この分野への投資がこの1~2年で急激に増えたことが分かる。
【買収・提携】
2010年代半ばから進んでいた大手のMaaSシフト
2018年10月、トヨタ自動車とソフトバンクがMaaS事業で提携したが、米国では数年前から自動車メーカーとシリコンバレーのソフトウェア企業との連携が進んでいた。
【ライドシェア】
2030年には約28兆円市場に
ゴールドマン・サックスの予想。市場拡大のけん引役となるのは、自動運転×カーシェアの「ロボ・タクシー」などだ。サンフランシスコではすでに実証実験が始まっている。
■ 中国
シリコンバレーと同じく関連技術の研究開発が活況に。中でもEVの開発・普及やライドシェアは、大気汚染問題の解消という面でも注目を集める。
【新車販売台数】
9年連続で世界一(2017年は2888万台)
中国自動車工業協会調べ(2018年)。2017年の日本の新車販売台数は約500万台だったことからも、中国の経済成長を物語る数字と言える。
【電気自動車】
深センでは公共バスが100%EV化
2017年時点で、EVは新車販売台数の約2%にとどまっているが、中国政府が2025年までに20%台に引き上げると発表したこともあり急速に普及が進む。
【買収・提携】
EVや自動運転技術の担い手は巨大IT企業に
人工知能の章でも取り上げた中国のIT御三家「BAT」や、タクシー配車最大手のDiDi(ディディ)が、国内外の自動車メーカーや関連スタートアップと幅広く連携。
【ライドシェア】
DiDiの月間ユーザー数は1億超え
独メディア『Statista』調べ(2017年)。同業の米Uber Technologies(ウーバー)の月間ユーザー数は同時期で約4000万。DiDiは2倍以上ということからも、普及度がうかがえる。
「クルマのサービス化」を支えるソフトウェア企業
~マーケットトレンドの詳細解説 シリコンバレー編 木村将之氏に聞く~
トヨタ自動車やホンダ、日産自動車のようなグローバルメーカーがある日本では、自動車関連のニュースを目耳にする機会が多いでしょう。しかし今、モビリティ関連で「最先端のニュース」を発信している場所を挙げるなら、シリコンバレーは外せません。この地で研究開発が進む通信・ソフトウェア技術が、モビリティと融合して新たなトレンドを生みつつあるからです。
その最新動向を、デロイト トーマツ ベンチャーサポートのマネジングディレクターで、シリコンバレーの動向を日本に発信する有志のプロジェクト「シリコンバレーD-Lab」のメンバーも務める木村将之氏に伺いました。
《次世代モビリティの定義》
今まで人間がやってきた「運転」という行為を自動化したり、地点間の移動を最適化するようにサポートするものを「次世代モビリティ」と呼びます。具体的には
・超人的な副操縦士として運転者を助ける
・人間では不可能な運転が可能となる
・人々の移動を革新する
・都市部で無秩序に増える駐車場の必要性を引き下げる
・人手不足の地方の運転手問題を解決する
などを実現するのが目標で、トヨタが2018年1月に発表したモビリティサービス専用EV構想「e-Palette Concept」も、これらを前提に移動や物流、物販などさまざまなサービスを提供していこうとするものです。
実現に欠かせない技術面のトピックスをいくつか挙げると、一つはChapter 01で取り上げた人工知能(以下、AI)の活用です。例えば注目スタートアップとして取り上げた中国のセンスタイム(SenseTime)が運営するAI画像認識プラットフォームは、自動車業界からの引き合いも非常に多く、ユニコーンとなった同社の成長を支えていると言われています。
そしてもう一つ、重要なトピックスがMaaS(Mobility-as-a-Service )です。
《MaaSは2030年代に1000兆円市場へ》
MaaSをひと言で説明するなら、「クルマを含むモビリティ自体をサービス化させる」取り組みになります。先行例は、日本でも知られているライドシェアサービスの米ウーバーテクノロジーズ(Uber/以下、ウーバー)です。彼らは、複数のコンピューターが自律的に通信するピア・ツー・ピア(Peer to Peer)技術をベースに、人や物がA地点からB地点に移動するプロセスを最適化しています。日本のサービスだと、移動を最適化するという意味でナビタイムジャパンのルート案内サービス「NAVITIME」などもMaaSに含まれます。
近年は、ウーバーとナビタイムを合わせたような「複合型」も登場しています。フィンランドに拠点を置くマース・グローバル社(MaaS Global)は、A地点からB地点の行き方を入力すると、経路にあるシェアバイクや公共交通機関をすべて最適化してレコメンドし、利用する交通手段の決済までやってくれるスマートフォンアプリ「ウィム」(Whim)を提供しており、業界の注目を集めています。
今後はここに自動運転技術も加わることで、さらに発展していくでしょう。イノベーション領域に特化した投資・運用会社の米ARK Investは、2017年に出した「MOBILITY-AS-A-SERVICE: WHY SELF-DRIVING CARS COULD CHANGE EVERYTHING」というMaaSに関する白書の中で、こんな予想をしています。
「2020年代の終わりごろには自動運転車が拠点間移動の主な交通手段になっており、2030年代初頭に世界のMaaS市場は10兆ドル(約1000兆円)を超える」と。この巨大市場で戦うために、各社が研究開発を進めているのです。
《自動運転技術への投資はこの1~2年で急増》
こうした背景もあって、シリコンバレーでは2015年くらいまで比較的静かな印象だった自動車関連のスタートアップが、この1~2年で急に活性化しています。とりわけ注目を集めているのは、やはり自動運転にかかわるソフトウェアやAIの開発に取り組む企業です。
CB Insightsが2018年9月に出したレポート「Autonomy Is Driving A Surge Of Auto Tech Investment」によると、2017年、世界の自動運転関連企業への投資総額は年間で約44億ドル(約4400億円)に上ったそうです。2016年までは多くても年間1500億円規模だったことを考えると、まさに急増と言えるでしょう。
Chapter 01で紹介したシリコンバレーのAI企業ナウト(Nauto)なども、膨大な量のクルマの走行データを解析する自動運転支援システムを開発しており、独BMWやトヨタのような大手自動車メーカーから続々と出資を受けています。
《日本の先行く世界のメーカー》
ナウトの例に象徴されるように、近年、世界の自動車メーカーはソフトウェア企業との連携を深めようと奔走しています。MaaSが今以上に広がりを見せると、これまで持っていなかった(もしくは持っていたが得意ではなかった)ソフトウェアやAIアルゴリズムの開発力がとても重要になるからです。
日本では2018年10月、トヨタとソフトバンクが共同でMaaS事業を始めると発表して大きなニュースになりましたが、シリコンバレーでは似たような連携が数年前から水面下で進んでいました。
例えば米自動車業界でビッグ3の一つであるフォード・モーターは、2015年のCES(毎年1月に米ラスベガスで行われる国際的な先端技術見本市)でCEO自ら「クルマの製造会社からMaaSの会社になる」と宣言。2016年に3Dマップを開発するスタートアップなど数社と立て続けに提携しました。また、BMWが米国で展開する「ReachNow」というカーシェアリング事業では、同社が2014年に出資した米ライドセル(Ridecell)というスタートアップの開発するMaaSプラットフォームが使われています。
さらに、2015年にはスウェーデンのボルボ・グループが運送用車両の車両間通信技術を開発する米ペロトン・テクノロジー(Peloton Technology)に出資し、「トラック2台を同時並走させると空気抵抗が燃費軽減にどう影響するか?」といったような研究を進めています。
このV2X(Vehicle-to-Xの略で、自動車が通信技術によってすべてのモノとつながっていくための技術)関連のスタートアップへの出資も増えている理由は、MaaSが本格普及すると「クルマを保有する人たち」より「クルマを利用する人たち」のほうが多くなるからです。
この「利用」の入口となるのは、スマートフォンアプリやインターネットになります。ですから収入源が「クルマの販売」から「サービス提供」にシフトしていく時代を生き残るためにも、いち早く関連技術を取り込もうとしているのです。大手メーカーがMaaSに関連する技術を持つスタートアップを買収・提携する流れは、今後より強まっていくはずです。
なお、日本メーカーの中でこの変化に最も危機感を持っているのは、やはりトヨタでしょう。同社は2016年からシリコンバレーにTRI(Toyota Research Institute)という研究所を設立しており、現地の自動車関連スタートアップとも全方位型で連携を進めています。
《次の主戦場は「自動運転×カーシェア」》
ここまで紹介してきたMaaSシフトの中で、サービスとして最も早く形になると予想されるのは「自動運転×カーシェア」です。私、木村が参加している「シリコンバレーD-Lab」でも、自動車業界で近い将来の主戦場となるのはこの領域だと分析しています(図2‐3/図は書籍にて)。
現状、クルマを保有する人の多くが駐車場に寝かせたままであり、この無駄を減らしてカーシェアリングを促進しようという動きと自動運転技術との相性はとても良いからです。ただし、既存の自動車メーカーが「自動運転×カーシェア」の領域に進出する時には、注意しなければならない点が一つあります。図2‐3が示すように、「個人所有」の延長線上ではなく「カーシェアリング」の延長線上でサービスを作らなければならないという点です。
2018年時点で収益規模が約5000億円になっているカーシェアリングの世界では、自動車メーカーよりもウーバーや米リフト(Lyft)といったソフトウェア開発が強みのライドシェア企業が大きな成功を収めています。それゆえ自動車メーカー側から見ると、今から独自にシェアリングサービスを立ち上げるよりも、ソフトウェア産業のプレーヤーとタッグを組んで市場参入するほうが得策と言えます。
その具体例は後述する主要プレーヤー解説で取り上げますが、金融大手のゴールドマン・サックスは「自動運転車によるライドシェアサービス『ロボ・タクシー』が今後のカーシェアリング市場の収益規模を拡大する」と発表しており、2030年には2850億ドル(約28兆円)市場になるという予測も出しています。
電気自動車「普及と発展の震源地」になった中国
~マーケットトレンドの詳細解説 中国編 田中年一氏に聞く~
モビリティの未来を読み解く上で、MaaSと同じくらい重要なのがEVのトレンドです。日本では、国内メーカーや米テスラ(Tesla)の開発動向が話題の中心になりがちだと思いますが、今は中国のマーケットを外して語るわけにはいきません。
その理由を、上海を拠点に日中でスタートアップ支援と大企業向けオープンイノベーション支援のアクセラレーター事業を展開している「匠新」(ジャンシン)の創業者CEO、田中年一氏に解説してもらいました。
《EVのグローバルシェアで約半数を占める》
中国自動車工業協会が2018年1月に発表した調査によると、中国の2017年新車販売台数は約2888万台で9年連続世界一となりました。
そのうち、EVを中心とする「新エネルギー車」の販売台数は、対前年比53.3%増の78万台。中国国内の新車販売台数に占める割合だと2%未満であるものの、グローバルなEVシェアでは非常に大きな割合となります。
世界の地域別EV販売台数を時系列で見ていくと(図2‐4/グラフは書籍にて)、2014年までは環境規制の進んでいる地域、つまり欧米が先行していました。それが、2015~2016年くらいから中国が30~40%を占めるようになり、2017年には世界のEV販売台数の約半数を占めるまでになったのです。
《行政主導でEV普及を促す》
中国が「EV大国」となりつつある背景の一つには、深刻だった大気汚染問題があります。政府はこの問題への対策の一つとして、国内のEV販売率を2025年までに20%台に引き上げるという計画を発表しました。それを受けて、主要な都市では行政がEV購入時に補助金を出したり、さまざま優遇措置を進めています。
2017年の上半期、中国で新エネルギー車販売台数のトップ6に入った都市は北京市、上海市、深セン市、杭州市、広州市、天津市でした。この6都市では、「限定購入」といって自動車の月間販売台数そのものが制限されています。市によっては「月間2万台までしか自動車のナンバープレートを発行しない」「オークションで落札しなければナンバープレートを獲得できない」といった規制もあり、上海だとこのオークションにだいたい8万元(約130万円)くらいかかってしまいます。
これらはガソリン車の販売台数に歯止めをかけるのが狙いですが、EVを購入する場合は一部が対象外となるのです。こうやってEVの販売率を上げるとともに、駐車場のEV用充電タワーを拡充するようなインフラ強化も進めることで、問題を解決しながらEVという新しい産業を成長させています。
その好例が、深セン市で進む公共バスのEV化でしょう。深セン市交通運輸委員会は、2017年内に市内を走る公共バスを100%EV化したと発表しました。これを裏側で支えていたのは、深センに本拠がある大手自動車メーカーのBYDです。同社は新エネルギー車の開発で知られており、深セン市が次に進めているタクシーのEV化でも、BYDが車両を提供するのではないかと言われています。
ちなみにBYDのEVバスは、日本だと京都市や沖縄県が導入済みです。今後、日本の他の地域にも広まる可能性があるでしょう。
《巨大IT企業がEVメーカーに投資する理由》
Chapter01:人工知能の章で、中国ではIT御三家と呼ばれる「BAT」(バイドゥ、アリババ、テンセント3社の頭文字を取った造語)の影響力が非常に大きいという説明がありました。この構図は次世代モビリティの研究開発も同じです。国内で台頭する新興EVメーカーへ投資することで、産業全体の底上げに寄与しています。
加えて、中国のライドシェア最大手であるディディ(Didi Chuxing/滴滴出行)もEV分野への投資を強化しており、中国の次世代モビリティ開発にはこの4社が何かしらの形で絡んでいるような状態です。
BAT+ディディがEV分野にも積極的に関与しているのは、自動運転技術の開発とも密接に関係し ているのではないかと思われます。特にAI開発ができるエンジニアの採用などで、自動車メーカーとIT企業はどんどん深い関係になっていると感じています。
《月間ユーザー1億超、広まるライドシェアサービス》
シリコンバレーではMaaSに関する研究開発が盛り上がっており、中でもウーバーのようなライドシェア企業がサービス化の先行事例とされていますが、中国ではシリコンバレー以上の普及度合いを見せています。
その中心にいるのは、前述したディディです。図2‐5(グラフは書籍にて)は独のマーケット調査メディア『Statista』に載っていたもので、2017年7月時点のディディとウーバーの実績を比較した内容となっています。これを見ると、Valuation=企業評価額こそウーバーが勝っているものの、Funding=資金調達の総額では後発のディディがすでにウーバーを上回っており、Cities=サービス展開する都市数も同等レベルまで迫っているとあります。さらにMonthly Users=月間ユーザー数では、ウーバーの約4000万に対して、ディディは1億超え。2倍以上の数となっているのです。
「中国は人口が多いから」と言われたらそれまでですが、国内のライドシェアサービス市場は競争が非常に激しく、かつては数社の同業他社がシェア争いをしているような状態でした。ディディはその熾烈な競争を勝ち上がり、月間1億以上のユーザーに利用される巨大なライドシェアサービスになったのです。
なぜこのような成長ができたのか、主だった戦略については次の主要プレーヤー解説で取り上げます。
次世代モビリティの主要プレーヤー
■ シリコンバレー
「かつての自動車大国」米国の自動車産業は、2000年代以降の低迷が著しかったが、シリコンバレーの先端企業の手を借りて巻き返しを図っている。
・GMが自動運転車の開発部門GM Cruise(GMクルーズ)を設立
GM(ゼネラルモーターズ)が、2016年にサンフランシスコのスタートアップを推定1000億円で買収して生まれた、米自動車ビッグ3のMaaSシフトを象徴する部門だ。
・Googleは専門会社Waymo(ウェイモ)の設立で自動運転に参入
自動運転には人工知能の進化が欠かせず、Googleのような巨大インターネット企業がこの 分野でも重要な地位を占めるように。Waymoの台頭はその一例だ。
・ライドシェアの最適化を進めるUberやChariot(チャリオット)
ビッグデータを活用した需給予測で、Uberや米フォード傘下の地域運行バス運営会社の Chariot(チャリオット)は走行ルートの最適化をリアルタイムで行うように。
・EVメーカーTeslaは「完全自動運転」の実現を急ぐ
TeslaのEVは現在、半自動運転機能の「オートパイロット」を搭載しているが、これを完全自動運転に進化させるべく社内テストを始めたと報じられている。
■ 中国
この分野でもバイドゥ、アリババ、テンセントのIT御三家「BAT」の影響力が色濃く表れており、中でもバイドゥの躍進は目を見張るものがある。
・Baidu「Apollo」プロジェクトが世界を席巻
人工知能の章で紹介した自動運転技術の開発プラットフォームには、2018年時点で国内外の自動車・半導体メーカー100社以上が参加。一大エコシステムとなっている。
・群雄割拠のタクシー配車をDiDiが“天下統一”
もともと中国のタクシー配車はAlibabaやTencent系列のサービスが乱立しており、その後Uberも進出してきたが、2018年時点ではDiDiが勝ち抜いた格好となっている。
・自転車シェアリングはMobike(モバイク)vs Ofo(オッフォ)の争い
タクシー配車と同じくプレーヤーが乱立していた「もう一つのライドシェア」自転車シェアリングでは、日次のユーザー数が数百万に上るという両社がしのぎを削る。
・テスラの対抗馬? 国産EVメーカーNIO(ニオ)とBYTON(バイトン)
EV大国を目指す中国では新興の自動車メーカーが続々と誕生しており、中でもNIO(ニオ) とBYTON(バイトン)の2社はEV開発の先駆者であるTeslaを猛追している。
メガIT企業の異業種参入で競争のルールは変わった
~主要プレーヤーの詳細解説 シリコンバレー編 木村将之氏に聞く~
世界の自動車メーカーがこぞって取り組むMaaSシフトは、ソフトウェア関連の企業によって支えられている――。シリコンバレーのマーケットトレンド解説では、このような現状について述べましたが、ここからは具体的に各社がどのような動きをしているのかを詳しく紹介していきます。
《ソフトウェア企業の買収で変貌したGM》
これまでに起こった大手自動車メーカーによるソフトウェア企業の買収や連携で、個人的に一番の衝撃だったのが、2016年に米ゼネラルモーターズ(以下、GM)が自動運転技術のスタートアップである米クルーズ・オートメーション(Cruise Automation)を買収した一件でした。買収額は非公開ながら、推定で10億ドル(約1000億円)規模だったと報道されています。
GMは、この買収後に自動運転車の開発部門としてGMクルーズ(GM Cruise)を新設し、どんどんサービスレイヤーへと軸足を移していきます。クルマの製造会社からサービス会社に変わっていく転換点になったという意味で、非常にインパクトのある買収だったと言えるでしょう。
そして、成果はすでに形になりつつあります。GMクルーズは現在、自動運転車の公道実験を兼ねてサンフランシスコで社員向けタクシーを提供しており、早ければ2019年にも複数の都市で自動運転車による一般向けライドシェアサービスを始めると発表しています。ドライバーいらずのライドシェア事業は営業利益率が非常に良く、近い将来、新車販売による利益率を大きく超えると予想されます。GMは、この市場で復活への道を探ろうとしているのです。
《グーグル進出で変わる自動運転の未来》
シリコンバレーの道路では、「公道実験用の自動運転車」を見かける機会が日に日に増えています。そして本書の発行時点で、シリコンバレーのあるカリフォルニア州でGMクルーズとともに最大規模の公道実験を行っている会社がもう一つあります。それがインターネット大手のグーグルです。
同社は2016年12月に、持株会社である米アルファベット傘下の自動運転会社としてウェイモ(Waymo)を立ち上げました。このウェイモは2018年、提携している米クライスラー(現在はイタリアのフィアット傘下でフィアット・クライスラー・オートモービルズ)を通じて6万台以上の自動運転車を調達しました。いずれ自動運転車を使った一般向けのライドシェアサービスを始めるためだと見られています。
こうしてIT業界の巨大なプレーヤーが自動車産業に進出していくと、競争のルールが一変する可能性があります。以降は吉川さんの発言になりますが、「グーグルが自動運転車の研究開発を始めると発表した時のニュースが今でも忘れられない」のだそうです。理由は、グーグル共同創業者のサーゲイ・ブリン氏とラリー・ペイジ氏が、こんな内容を話し始めたからです。
「僕らの母親はクルマの運転が下手で、まぁ見ていられない。この問題を解消するためには、何からやらなければならないのか。まず、精密な3Dマップを作らなければならない。マップさえあれば、オモチャのクルマを(自動で)走らせることができるからだ」
つまり、自動運転技術は「運転が上手な人たち」のためではなく「自分たちの母親のため」にあるもので、だからこそまずは自動運転用の走行マップから作らなければならないというわけです。このような発想は、既存の自動車メーカーからはなかなか出てこないと吉川さんは言います。ブリン氏とペイジ氏の発表は、「今あるものにフォーカスし過ぎると革新は起きない」ということを示す示唆深いものだったということでしょう。
《需要を捉えて交通の最適化を図るウーバー》
続いて紹介するのは、マーケットトレンド解説で「MaaSの先行例」として紹介したウーバーの取り組みです。同社が2018年から始めた「Express Pool」という新サービスは、ライドシェアの進化形を示すものだと見ています。
ウーバーは以前から各地域の需給変動に応じて運賃を変更する「ダイナミックプライシング」を採用していましたが、最新のドライバー用アプリは各地のレート状況を通知して「今、どこに行けばどの程度もうかるか?」をリアルタイムで伝えるようになっています。一方で乗客側は、ウーバーのアプリに指定された場所に移動して5分程度待てば、通常運賃の約30%ほど安い料金で乗車できるようになりました。
タクシードライバーにとって、乗客を「点」でピックアップし続けるのは非効率です。そこで乗客に移動してもらい、ピックアップポイントを「線」として最適化しつつ、同時にリアルタイムのレート通知によってタクシーの配車台数も最適化していく。言い換えると、ウーバーは「Express Pool」によってドライバーと乗客を思い通りに動かし始めたのです。
このサービスの開始直後、実際に使っているドライバーに話を聞いたら、特に都市部では乗客側が指定の場所に来ないことも多いらしく、すれ違いが頻発していると言っていました。まだまだマッチングの精度に課題があるようですが、精度が改善されていけば「看板がないバス停」のようになっていくのかもしれません。そうなれば、ほとんど公共交通機関のような形で運行できるわけです。
《地域特性を生かした乗り合いサービスも登場》
他にも、需給予測による交通ルートの最適化という意味では、米チャリオット(Chariot)というライドシェア・スタートアップが面白い事業を進めています。同社はいわゆる乗り合いバスの運営会社で、サンフランシスコやシアトル、オースティンなどの都市で自動運転車によるルート便を運行しています。
普通の公共バスとの決定的な違いは、運行ルートの決め方です。チャリオットはアプリを通じてユーザーから運行経路の投票を募り、その投票結果に応じてオンデマンドで運行ルートを変えています。バスの時刻表と経路が、ユーザーに合わせて毎日変わっていくようなイメージです。最近は、ウーバーの競合であるリフトも類似のサービスを始めました。タクシー配車サービスを通じて道路の交通データを網羅しているので、それを応用して地域ルート便を走らせています。
チャリオットもリフトも、共通項は「地域ごとの交通事情」を十分に把握しているという点。自動運転車によるルート便を安全に運行するには、道路が混雑する時間帯はもちろん、交通事故率の高い道などもデータとして把握しておく必要があります。それさえ高い精度で保持していれば、後はテクノロジーの力でできるだけ安全かつスムーズに運行することができます。そういう意味でも、「自動運転×カーシェア」の普及には、地域特性を踏まえた打ち手が必要なのだと思われます。
《テスラは「完全自動運転」の先駆者になれるか》
なお、これまでに紹介してきた企業で言うところの「自動運転」とは、まだ完全なレベルには達していません。自動運転にはレベル0~5までの段階があり、
・レベル0:ドライバーがすべてを操作
・レベル1~2:運転支援(システムがドライバーの運転を支援)
・レベル3~4:半自動運転(特定の場所限定でシステムが自動運転)
・レベル5:完全自動運転(場所の限定なくシステムが自動運転)
のうち、多くの企業は2018年時点でレベル3~4の半自動運転にとどまっています。そんな中、他社に先駆けてレベル5の完全自動運転を実現しようと動いているのが、EVのリーディングカンパニーとして知られるテスラです。
現在テスラが販売しているEVには、すでに半自動運転の機能「オートパイロット」が搭載されており、同社CEOのイーロン・マスク氏は世界初の完全自動運転を可能にする新ソフトウェアを2018年8月に配布すると発表していました。その公言は反故にされたものの、社内で完全自動運転機能のテストを始めるため、テスターとなる従業員を募集し始めたと複数のメディアが報じています。イーロン・マスク氏お得意の大言壮語をどこまで形にできるのか、要注目です。
自動運転車やEV開発で世界を揺るがす企業が登場
~主要プレーヤーの詳細解説 中国編 田中年一氏に聞く~
Chapter01:人工知能の章で、検索サービス大手のバイドゥが手掛ける自動運転技術のプラットフォ ーム「アポロ」(Apollo)開発プロジェクトについて取り上げましたが、このプラットフォームは国内外の自動車産業に大きな影響を与えるようになっています。ここでは、その他ライドシェアやEVメーカーの注目企業も含めて、押さえておきたい企業群を紹介しましょう。
《自動運転技術の一大エコシステムを作るバイドゥ》
中国国内で自動運転技術の開発を行っている会社の情報を見聞きすると、大企業でもスタートアップでも、バイドゥのプラットフォーム「アポロ」のソフトウェアを使っているというところが非常に増えました。今となっては、自動運転に関する開発でアポロのソフトウェアを全く使っていないという企業のほうが珍しいほどです。
自動車メーカーへのOEM(他社ブランドの名で製品・ソリューションを提供すること)供給でも、バイドゥの存在感は日に日に高まっており、東風汽車や中国第一汽車、長安汽車、北京汽車といった大手・中堅どころがバイドゥから技術提供を受けています。総合すると、国内の自動車関連メーカーの8~9割くらいが、何かしらの形でバイドゥと組んでいるような状況です。
この勢いは海外にも及んでおり、2018年時点で世界の自動車メーカーやソフトウェア企業の約100社が、アポロプロジェクトに参画していると報じられています。
有名どころだと、米フォード・モーターやクライスラー、独のダイムラー、同じく独のグローバルサプライヤーであるボッシュなどです。その他、韓国のヒュンダイ自動車(Hyundai)、半導体メーカーの米インテルとエヌビディア、クラウドベンダーとしてマイクロソフトも参加しており、自動運転技術の一大エコシステム(産業を取り巻く環境、生態系のこと)を形成しつつある。バイドゥは自社でも自動運転車のテスト走行を行うための許可を取っているので、「自動運転技術を新たな事業の柱にする」という本気度は相当なものだと思われます。
《熾烈なライドシェア争いの歴史》
続いて、現在はディディが破竹の勢いで伸びている中国のライドシェアサービス動向を紹介していきます。マーケットトレンドの詳細解説で、ディディの月間ユーザー数は1億超えを果たすほど普及していると説明しました。中国の都市部で暮らす人たちにとって、ディディは文字通り必携のアプリになっている状況です。
ただ、ここまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。中国では「コピー文化」が根強く残っているので、流行りのサービスが出てきたらすぐコピーされます。ディディの歴史は、それら競合との戦いの歴史そのものです。
中国の自動車ライドシェアサービスで最初に注目されたのは、2010年に登場した「易到」で、ディディの前身である「嘀嘀打車」(ディディダーチャー)はその後の2012年にテンセントが支援するライドシェアサービスとして登場しました。同年にはアリババが支援する「快的打車」(クワイディダーチャー)というサービスも誕生し、3社による競争が繰り広げられました。そして2015年に「嘀嘀打車」と「快的打車」が合併することになり、「滴滴出行」(ディディチューシン)と名前を変えます。これが、現在のディディです。
その後、2016年には米ウーバーがバイドゥの支援を受けて「ウーバーチャイナ」を設立し、中国に進出してきます。当時は強力なライバルになると見られたものの、すぐディディに吸収され、今に至ります。
《ディディが「一強」になれた理由》
では、競争を勝ち抜いたディディは何が優れていたのか。いくつかポイントを見ていきましょう。
最初に挙げられるのは、アプリの多機能さです。ディディのアプリには、一般の乗用車(日本で言う「白タク」)と通常のタクシーを呼ぶ機能だけでなく、公共交通機関の乗り換え案内、運転代行業者を呼ぶ機能、他人と相乗りして運賃を安くする機能、シェアリング自転車やレンタカーを借りる機能など、さまざまなサービスが入っています。
競合だったウーバーなどは、基本的に白タクとのマッチングだけでタクシーの配車はしていません。が、中国ではタクシー運賃が安く初乗り150円~200円程度なので、もともとタクシーを利用する人が多かった。それでディディは両方呼び出せるようにした上で、他のシェアリングサービスも網羅して「短距離移動なら最適な移動手段をほぼすべてディディが教えてくれる」ようにしたのです。
また、マーケティングのやり方も秀逸でした。ディディには使った分だけポイントが貯まるマイレージのような仕組みがあり、ショッピングモールのような商業施設にある景品交換所に行ってポイントを示すと、帽子やキーホルダー、スマートフォンに付けるミニ扇風機などの景品がもらえます。キャッシュバックではなく、あえてポイントをモノと交換できるようにしたのが受けて、コアなユーザーを増やす一助になりました。
ただ、前述のように、中国では盛り上がっているマーケットほどすぐに類似サービスが出てきます。現在のディディも、相乗りサービスをやっていた嘀嗒(ディダ)という会社が2018年に出した「嘀嗒出行」(ディダチューシン)というライドシェアアプリに猛追されています。これも中国マーケットの特徴として、競争が激しいからこそ、勝ち残るためにサービスのクオリティがどんどんよくなる傾向があるので、ディディと嘀嗒出行の争いでさらにライドシェアが進化していくかもしれません。
《自転車シェアリング、モバイク対オッフォの争い》
(注記:以下は書籍発刊時点までの情報です。これから紹介するオッフォは、2018年11月、CEO自らが経営状況の悪化により「合併・買収を検討している」と発表しており、中国ではどんどんマーケットの状況が変わっていくということを如実に表しています)
中国では自動車のライドシェアだけでなく、自転車のシェアリングサービスも非常に普及しています。特に北京や上海のような大都市では、ひどい交通渋滞が発生することも日常茶飯事なので、自転車シェアリングのニーズが高止まりしているのです。
この分野の二大巨頭は、テンセント系のモバイク(Mobike)と、アリババ系のオッフォ(ofo)。両社のシェア争いは熾烈で、どちらが勝つかも分からない状況です。
「2018年中国共享单车行业发展分析报告」という調査レポートによると、2017年1月の平均DAU(日次ユーザー数)はモバイクが97万8000、オッフォが48万6000だったのに、2018年5月の平均DAUではモバイクの305万に対してオッフォが417万と逆転しています。個人的な印象でも、モバイクはテクノロジーが優れていて、乗り心地はオッフォが良いという印象で、甲乙付け難いものがあります。
自動車のライドシェアと同じく、この分野でも一時期は同業他社が乱立していました。そこから吸収合併を繰り返し、2018年時点でモバイク、オッフォと新興勢力のハローバイク(Hellobike)が勝ち残っている状況です。地方都市で細々と頑張っている企業もまだありますが、2017年後半には小規模プレーヤー同士の合併や経営破綻のニュースが立て続けにありました。今後は統廃合が加速化していくと思われます。
盛り上がっているマーケットにはとりあえず進出してみるというのが中国企業のスタイル。そしてダメなら事業をたたむ。これが2~3年くらいの短期間で起きるのが、中国マーケットの特徴です。
《次のテスラは中国から? 新興EVメーカー2社》
次に紹介するのは、EV大国となった中国で期待されている国産EVメーカーです。
EV開発の先駆者テスラが、セダンやSUVタイプのEVを販売して世界的な注目を集めるようになったのが2010年前後から。この先達から学び、後を追うような形で、中国では2014年以降に本格的なEVを開発するスタートアップが次々に登場しました。
中でも期待されているのは、2014年創業のニオ(NIO)と、2016年創業のバイトン(BYTON)です。
ニオは「スマートフォンのようなEVを生み出すこと」を目標に作られた会社で、2016年に出したEVスーパーカー「EP9」が当時の市販車最速記録を打ち立てたこともあり、「中国版テスラ」として期待を集めるようになりました。その後も順調にEV開発を進め、2018年6月にはAIデジタルコンパニオンを標準搭載した7人乗りSUV「ES8」を販売。さらに同年9月にはニューヨーク証券取引所でIPOを果たしています。この上場で10億ドル(約1000億円)を得たと報道されており、さらなる成長が見込まれています。
ちなみに同社にはテンセントの出資が入っています。ニオは上海で自動運転のテストを行う許可を得ているので、テンセントは同社を通じて自動運転技術の研究開発を進めているとも言えるわけです。
他方のバイトンは、創業当初から「自動運転×EV」で勝負するべく研究開発を進めており、2018年6月には5億ドル(約500億円)の資金調達に成功。2019年からレベル3の半自動運転EVを量産する計画に向けて、グローバル拠点も開設して開発体制を強化しています。
こちらもBATとのつながりを見てみると、ボイスコマンド機能と顔認証技術ではバイドゥから支援を受けており、なおかつ共同創業者にアリババ・グループの出身者がいるためアリババとのつながりも深いと思われます。しかもテンセントからは出資を受けており、この2社を見るだけでも「成長産業の裏側にBATあり」と思わされます。
次世代モビリティ分野の注目スタートアップ
この分野は【自動運転】【コネクテッド】【シェアリング&サービス】【ニュービークル】の4つに分類でき、それぞれで我々が注目している新興企業をピックアップしてみました。中でもニュービークルはここまで触れてこなかった内容で、近未来的な取り組みを進める企業が出てくるので、ぜひチェックしてみてください。
《シリコンバレー/自動運転》
■ GATIK AI(ガティック・エーアイ)
自動運転で商品などを運搬するシステムを開発する、2017年設立のスタ ートアップです。コンセプトは「動くロッカー」。例えば「ハンバーガーショッ プの駐車場まで物品を届ける」といったようなBtoB向けの自動配送を、これから実証実験するフェーズです。
課題は、物品搬送時のラストワンマイルをどうするか。ハードウェアとソフトウェア共に、まだ各家庭の玄関まで届けられるような精度にはなっていないからです。そこをどう解決するか、もしくは人に特定の場所まで取りに来てもらうべきなのか、技術開発とアイデア両面で工夫が求められます。
ちなみに、自動運転技術を近距離の荷物輸送に使うというビジネスは、Waymo(ウェイモ)の出身者がNuro(ニューロ)というスタートアップを創業するなど、にわかに盛り上がりを見せています(吉川)。
■ Quanergy Systems(クアナジー・システムズ)
2012年設立のセンサー&ソフトウェアメーカーで、自動運転向けライダー(LiDAR=Light Detection and Rangingの略で、短い波長のレーザーを照射することで物体までの距離を検知するセンサーデバイス)を開発しています。つい数年前まで、ライダーは約400~500万円くらいの価格帯で部品としては非常に高価、かつ2つ以上設置しないと自動運転に必要な3Dマップを生成できないと言われていました。それを同社は独自の技術開発で約1万5000円までコストダウンすることに成功。2018年内には1万円を切ると公言しており、自動運転車の量産に欠かせない部品メーカーとしてグローバルに名をはせる可能性があります(木村氏)。
《シリコンバレー/コネクテッド》
■ KeepTruckin(キープ・トラッキン)
運送会社向けのサービスを提供するスタートアップで、同社が提供するWeb上のダッシュボード(複数の情報源からデータを集め、見やすく一覧表示する機能)を通じてリアルタイムにトラックの場所や空車情報、運行安全記録などをチェックできるようになっています。
2018年3月には5000万ドル(約50億円)の資金調達に成功。運送用トラックの効率的な運用・ 管理はどの国でも課題になっているので、日本でも類似サービスが普及する可能性があると見ています(吉川)。
《シリコンバレー/シェアリング&サービス》
■ Bird(バード)、Lime(ライム)
両社はサンフランシスコ市内を中心に電動スクーターのシェアリングサービスを展開していたスタートアップで、短期間で2億ドル(約200億円)を超える資金調達に成功しています。
サンフランシスコでは、2018年に入って一気に電動スクーターの姿を見かける機会が増えました。シェアサービスなので、専用の駐車場もたくさんできています。ただし、スクーターが壊れたり、転倒する人が続出するなど、安全性が問題になって2018年6月に許可制となったことから一斉撤去。さらに、サンフランシスコ交通局は2018年8月30日、1年間の実験サービスの許可を競合であるScoot(スクート)とSkip(スキップ)というスタートアップ2社に交付すると発表しました。
先行していたBirdとLimeだけでなく、UberやLyftなどの大手も選ばれず、地元の大きなニュースになりました(吉川)。
《シリコンバレー/ニュービークル》
■ Kitty Hawk(キティ・ホーク)、Uber(ウーバー)
Kitty Hawkは、Google共同創業者のラリー・ペイジ氏が支援していることで知られる軽量飛行機メーカーです。1人乗りドローンの「Flyer」や、ドローン・タクシー「Cora」を開発しており、「Flyer」はまだ20分程度しか飛べないもののプリオーダーを開始しています。
Uberも2020年の開始をメドにビルの屋上を発着台にしたドローン・タクシー事業を計画し、屋上駐車場「Uber Sky Tower」の建設構想を発表するなど、興味深い取り組みが少しずつ生まれています(吉川)。
■ The Boring Company(ボーリング・カンパニー)
これはTeslaのCEOイーロン・マスク氏が設立した別会社で、地下にトンネルを掘って「地下交通網」と「最高時速150マイル(約240km)で走行する電気駆動の乗り物」をセットで開発していくというプロジェクトを進めています。SFチックな取り組みのように聞こえますが、近々シカゴ空港からダウンタウンまでの間で実証実験を始めるという報道もあります。実用化は先でしょうが、ドローン同様にこちらも未来を感じさせるニュービークルです(吉川)。
《中国/自動運転》
■ Xpeng Motors(シャオペン・モーターズ/小鵬汽車)
主要プレーヤーのところで紹介したNIO(ニオ)やBYTON(バイトン) に続き、中国で台頭し始めた「次なるTesla」候補です。2018年6月に上海で行われた「CES Asia」(毎年1月にラスベガスで行われる国際的な先端技術見本市のアジア版)でも、同社のEVが話題になっていました。
Xpeng Motorsには、EC大手のAlibabaや台湾の電子機器メーカーであるFoxconn Technology Group(フォックスコン)などが投資をしています。創業者は前に起業した会社でインターネット事業を手掛けており、それをAlibabaに売却したことで同社と深い関係を築きました。また、2018年の夏にはシリコンバレーのサンタクララにオフィスを新設。Teslaで働いていた機械学習の専門家を引き抜いて、自動運転部門のトップに据えています。そんな経緯もあって、一気に注目されるようになりました(田中氏)。
■ Pony AI(ポニー・エーアイ/小馬智行)
中国・広州と米フレモントに本社を置き、北京に研究開発拠点を持つ自動運転ライドシェアリングサービスのスタートアップです。2018年1月にはシリーズAラウンドで1億1200万ドル(約112億円)を調達しています。
ユニークなのは拠点の置き方。本社が広州にあるので大手自動車メーカーの広州汽車と組んで事業展開ができる一方、自動運転用AIの研究開発は北京やシリコンバレーで行うというスタイルを採っています。
同社のCEOとCTOは、GoogleとBaiduで自動運転技術の研究開発をリードしていた経歴の持ち主。創業から約1年半でレベル4の半自動運転技術を構築しています(完全自動運転がレベル5)。すでに公道テストも開始するなど、爆発的なスピードで成長している企業の一つです(田中氏)。
■ TuSimple(ツーシンプル/图森未来)
2015年に設立された、商用車両の自動運転技術を開発している会社です。半導体メーカーのNVIDIA(エヌビディア)と提携したことで知られており、2018年1月に開催された「CES 2018」で最もサイズの大きな自動運転トラックを出展したことでも注目を集めました。
中国ではAlibabaのようなEC企業が大きな力を持っていることもあり、配送の最適化を目指し、商用車の長距離移動を自動化する研究開発がさまざまな企業で進んでいます。この商用車向け自動運転の中でも、本書の発行時点で最も多くの資金調達額となっているのが同社です(田中氏)。
《中国/ニュービークル》
■ EHANG(イーハン/億航)
深センにあるドローンの会社で、現在、人が乗れるタイプの自動運転ドロ ーン「Ehang 184」の開発を進めています。これが実用化されればドローン・タクシーにもなり得るということで紹介しました。
同社のドローンにはタッチパネルで操作できる画面があって、自分の今いる場所と目的地を設定すれば自動的に送り届けてくれる構想を描いています(吉川)。
IT企業が自動車メーカーを買収する日は来るか?
~未来展望 シリコンバレー編 木村将之氏に聞く~
MaaSの時代を生き残るために、自動車関連メーカーはAIやソフトウェア開発に長けたIT企業とタッグを組んで、次世代モビリティ開発に取り組んでいます。この潮流がさらに進んだ時、IT企業がメーカーを飲み込む日が来るのでしょうか? このテーマについて、吉川とシバタ、木村氏の3人がそれぞれの私見を話しました。
シバタ シリコンバレーで進む次世代モビリティ開発は、既存の自動車メーカーにとって脅威になっていると思います。こうした状況の中で、もし木村さん、吉川さんが日本の自動車メーカーの社長だったら、どんな手を打ちますか?
木村 非常に難しい質問ですね。直接的な答えになっていないかもしれませんが、先に述べた「自動運転×カーシェア」の領域は近々必ず盛り上がると思うので、まずはこのマーケットに全力で対応していくと思います。
EVの普及は、環境問題への意識が高まっているヨーロッパや、国策でEVシフトを強める中国・インドなどで本格的に始まっています。とはいえ、これらの地域でもEVが主流になるまで相当時間がかかるはずです。ガソリン車からEVへの移行期は、引き続きハイブリッド車の販売が主流になると思うので、その間に「自動運転×カーシェア」領域での立ち位置を確保しておきたい。
目先の利益は日本が得意とするハイブリッド車を売りながら確保しつつ、EVや完全自動運転車の研究開発に投資するためにも「自動運転×カーシェア」領域の事業を興し、新たな収益源を取りに行くのです。前述したように、この領域の営業利益率は新車販売より高いので、「自動運転×カーシェア」領域に乗り遅れしまうと日本の自動車メーカーの国際競争力が一気に落ちてしまいます。
ですから、まずは「クルマのサービス化」に注力した上で、EVにも長期的に対応していくという順番がベターだと考えています。
吉川 私は、今アグレッシブに攻めるなら自動運転の技術開発に注力するべきだと思います。欲を言えば、シェアリングサービスと自動運転車開発の両方に注力して、EV開発は二の次にしてもいい。なぜなら、自動運転やシェアリングサービスを前提にした自動車の開発は、まだどのメーカーもできていないからです。
ガソリン車にしろハイブリッド車にしろ、今あるクルマは「24時間走らせる」ことができません。でも、クルマのサービス化が進んでいくと、極論すれば24時間365日、短時間のエネルギーチャージで動き続けるクルマが求められるはずです。それも、4人乗りや5人乗りだけではなく、10人乗りくらいでなければダメかもしれない。そういった観点で技術開発を進めていくことが、これからの時代の勝敗を分けるのではないかと思います。
シバタ 未来のあるべき姿から逆算して開発を進めたほうがいいと?
吉川 はい。そのほうが、間違いなく寿命が伸びます。多分、エンジンの作り方もタイヤの作り方も、パーツ開発の考え方が変わっていくと思うんですね。自動運転技術が発達したら、ハンドルもなくなるかもしれない。そうすると、逆にそこから、例えば「ウーバーが使う未来の自動車像」をイメージしたほうが生産的ではないでしょうか。
もちろん、自動車は燃費を1%改善するだけでもかなりの年月と技術革新を要する世界で、私が話しているような構想も、自動車業界の方々からすると単なる夢物語かもしれません。それは承知の上で、これくらいドラスティックな発想の転換がないと、MaaSや自動運転の世界では競争力を失ってしまうと思うのです。
シバタ 今のお話を受けた質問として、ウーバーやグーグルが自動車メーカーを買収する日は来ると思いますか?
現在は自動車メーカーがソフトウェア会社を買収したり、連携を図ろうとしているフェーズです。ただ、ウーバーもグーグルも、今はもう何かしらの形で自動車そのものの開発に携わっています。その延長線上にあるモビリティの未来が、仮に「ソフトウェア会社が優位な世界」になるとしたら、力関係が逆転することもあり得るのか。お2人はどう思われますか?
吉川 私は十分あり得ると思います。自動運転で運転するのが前提のクルマと、人間が運転する前提のクルマは、全く違う進化をしていくはずですから。そうすると、これまでのクルマづくりとは違った自動車メーカーが出てきてもおかしくありません。
特に前者は、既存の自動車メーカーではない企業が主導権を握ることになっても不思議ではありませんから、そうなった時にソフトウェア企業が自動車メーカーを買収するような動きも出てくるはずです。
木村 私は時間軸の話だと思っていて、短期的にはいきなり買収という形にならないだろうと見ています。ソフトウェア企業と自動車メーカー、それぞれが得意な部分に集中したほうが素早くイノベーションが起こせるはずですし、さまざまなパートナーとも柔軟に組めるので拡張性がある。シェアリングの領域ならシェアリングの領域で、自動運転の領域なら自動運転の領域で主導権を取った上で、自動車メーカーとパートナーシップを結んだほうが、ソフトウェア企業にとって幸せなのではないかと思います。
もっとも、中長期視点で考えれば、サービス化の部分を盤石な体制にした上で、自動車そのものの開発に乗り出すこともあり得るわけですから、その時になって初めてメーカーを買収するという選択肢が出てくるのかなと思います。
シバタ お互いに違う意見で、参考になりました。
産業を育てながら「北京の空を青くした」中国の凄み
~未来展望 中国編 田中年一氏に聞く~
この章の最後は、シバタと吉川が田中氏に「中国マーケットの素朴な疑問」を聞いてみました。その回答から垣間見えた、日本メーカーも見習いたい中国企業の凄みとは?
シバタ 中国は、ライドシェアサービスの浸透スピードが日本に比べて非常に速いです。これは何が理由なのでしょう。
田中 先ほど「盛り上がっているサービス領域にはとりあえず進出してみるというのが中国企業のスタイル」と説明しましたが、これが理由の一つになると思います。そしてもう一つ、中国には新しいサービスをどんどん受け入れるカルチャーがあるというのも大きい。もともとタクシーの運賃が安かったところに、効率的に使いこなせるディディのようなサービスが出てくると、一気に普及するのです。
それに、サービス間の競争が激しくなると、ユーザーを惹きつけるためにあの手この手でプロモーションをするんですよ。ディディのポイント制度もその一環ですし、最初の頃は「ほぼゼロ円でタクシーに乗れちゃうキャンペーン」みたいなこともやっていました。
吉川 そういったプロモーションを裏側で支える資金力があるという点も、普及のスピードを上げている一因ですよね。
田中 おっしゃる通りです。
吉川 ライドシェアサービスの発祥は、ウーバーを生んだシリコンバレーです。ただ、シリコンバレーのトレンドを見て「いいな」と思ったらすぐコピーしてしまうのが中国企業の良さでもある。シリコンバレーの企業をよく研究していて、まずやってみようと。
それに加えて、もともと中国には公共バスがギュウギュウだったり、自転車を買ってもすぐ盗まれてしまうという問題がありました。それらの課題をシェアリングサービスで解決するという文脈があいまって、一気に普及したのだと思います。つまり、サービスが中国のお国柄にフィットした。
一方で日本は、交通に関する問題がそこまで顕在化していません。自宅にクルマや自転車を置いていれば、安全に保管できます。中国に比べれば、盗まれる確率は非常に低い。そういう環境だと「わざわざ他人と共有したくない」という方向に行ってしまうのだと思います。
これから若い世代の間で「ライドシェアでいいんじゃない」という流れが出てくれば、マーケットも広がっていくかもしれません。あとは利用料の高さを解消できれば……。
田中 日本のシェアリングサービスは総じて高いですよね。
吉川 そうなんです。中国のように10円、20円単位で利用できれば、若者たちも使うようになると思います。経済的なアドバンテージが見えないと、普及の可能性はどんどん小さくなってしまう。
シバタ では、次の質問を。日本の自動車メーカーや関連会社の人が、モビリティ分野で中国企業と提携するような動きは、今後もっと増えていきそうな気がします。もしそうなった時、知っておくべき中国企業との上手な付き合い方を挙げるとしたら、何になりますか?
田中 今回紹介したバイドゥの「アポロ」プロジェクトのような取り組みは、しっかり押さえておかなければならないレベルになってきたと感じています。EV開発についても、テスラの話題はメディアを賑わせますが、ニオやバイトン、シャオペン・モーターズの話題がニュースになることは非常に少ない。まずは、こういった急成長企業が何を志向していて、どんな取り組みをやって伸びているかを知ることから始めるべきではないでしょうか。細かな「お付き合いの作法」を覚える前に。
吉川 私も同感です。まずは各社の動向をきちんと押さえながら、役員から現場の方々まで情報を把握しておくのが大事だと思います。しかも、情報を知るのと実際に見るのとでは全然違うので、ぜひ見ておくべきです。
もう一つ、気がかりなのは、アポロプロジェクトのような世界中の企業を巻き込むプラットフォームに日本企業がそれほど参加していないことです。日本からは、2018年6月にホンダが参加を表明しました。ただ、他の自動車メーカーは“連合入り”をしておらず、ホンダ以外では車載機器の開発で知られるパイオニアや半導体のルネサスエレクトロニクスが参加している程度です。
トヨタのように異なるアプローチで自動運転車の研究開発を進めている企業もあるため、参画しないのは間違いだと言うつもりは毛頭ありません。ただ近年の日本企業は、スマートフォンOSでAndroidが普及していった時しかり、こうした新技術のプラットフォームが盛り上がっていく時に乗り遅れているように感じます。
田中 そうですね。
吉川 外部のプラットフォームに依存して技術開発を進めると、コアな部分の競争力を失ってしまうという懸念があります。一方で、世界的に勢力を増しているプラットフォームに乗らないというのも、技術の進化に置いていかれるリスクがある。そう考えると、特に研究開発の黎明期は、こういったアライアンスに「顔だけは出しておく」「挨拶だけはしておく」のがベターなのではないかと思います。何よりも、研究開発のトレンドを早期にキャッチアップできるからです。
実際に自社の自動運転車にアポロのソフトウェアを載せるかどうかは別の話。将来的には独自にカスタマイズして自動運転技術を搭載するという戦略でもいいはずです。だからこそ、巨大なアライアンスになりそうなものがあったら、まず飛び込んでみるのが大切なのだと思います。
ここまでやった上で初めて、自社は中国企業と組んで外貨を稼ぎに出るべきか、それとも支社を作って自ら入っていくべきか? という議論ができるようになります。この辺は日本政府も含めて、立ち位置をはっきりさせておきたいところです。
日本のスタートアップにも、これから盛り上がっていくマーケットですからチャンスがあります。遣唐使や遣隋使ではありませんが、あの時代に戻る感じで、自分たちがリスクを取りながら見に行って、連携できる企業とはどんどん組むというのが重要だと思います。
私自身、出張で北京や西安の現状を見るたびに、いろんな刺激を受けてきました。今、北京の空はめちゃくちゃ青いんです。ちょっと前まで、深刻な大気汚染に悩まされていたはずなのに。今まで通りに工場を稼働させつつ、空も青くなっている。中国はこういう劇的な改善ができる国なんだと、政府が示しているわけです。やる気を出せば、空も青くできるぞって。
その裏側には、EVの普及であったり、さまざまな技術革新があります。中には工場を地方都市に移転させつつ、競争力を落とさないために核となるエンジニアは北京の本社で抱えてAIの研究開発などを進めているような企業もある。こういうことを、上海でも深センでも広州でも、大企業もスタートアップも、いろんな場所でやっています。この戦略性みたいな部分は、日本も見習わなければならないと思います。
これでChapter02:次世代モビリティの章は終わりです。日本が世界に誇る自動車産業も、MaaSをはじめとする「ビジネスモデルの大変革」が進むと、一気に弱体化してしまう可能性があります。そして、似たような変化は金融や小売業、製造業、農業・飲食業でも現在進行形で進んでおり、「今そこにある危機」は多くの産業を覆っているのです。その全容を今のうちに理解しておきたい! 生き残り策を考えておきたいという方は、ぜひ本書の詳細をAmazonページでチェックしてみてください!