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優先株のリスク? アメリカの資金調達・IPOに見る5つのトレンド

今日は、アメリカの資金調達・IPOの5つのトレンドを見ていきたいと思います。特に、「優先株」に潜むリスクは何か?という点を詳しく見ていきます。

日本では、つい数年前までは、「優先株」で資金調達をするスタートアップは皆無でしたが、最近は一般的になりつつある、という話を良く聞きます。他方、「優先株」を使って資金調達した会社の多くはまだIPOしていないというのも現状かと思います。

シリコンバレーでは、優先株での資金調達は当たり前に行われてきており、むしろエンジェル・VCからの投資を受ける際に「優先株できません」というと、ほぼ100%投資を受けられないレベルです。

優先株で調達するのは良いとして、IPO時に優先株がどのようになるのかも併せて、詳しく見ていきたいと思います。


「優先株」って何? なぜ「優先株」で資金調達するの?

「優先株」というのは、文字通り「普通株」に比べて、特定の権利を追加で有し、買い手(=投資家)により有利な条件で発行される株式のことです。

アーリーステージのスタートアップでは、「優先株」で資金調達をするのが一般的になってきたのは上述の通りですが、なぜ「優先株」で資金調達が行われるのでしょうか?

スタートアップ側は、なるべく高い株価でなるべく多くの資金を調達したいという願望があります。他方、投資家側から見ると、アーリーステージはリスクの塊とも言えるので、高い株価での投資に躊躇しがちです。その中間点を取ったのが優先株による投資だと思ってください。

つまり、株価は普通株よりも高くする代わりに、いくつかの点で、投資家に有利な条件が付きます。「有利な条件」の典型例は、

・取締役X人の任命権
・残余財産分配権(Exit時に優先株保有者から優先的に資金を回収できる)
・希薄化防止(追加で株式を発行する際、持ち分%が減らないように追加投資できる権利)
・タグアローン(他の株主が株式を売却する場合、同じ条件で売却できる)
・ドラッグアローン(自らの意思で、他の株主に同じ条件で株式売却を強制できる)
など

です。他にもいろいろありますし、双方合意できれば、法律に反しない限り、どんな権利でも付与できます。


IPO時の「優先株」の扱いと「ラチェット条項」

通常、IPOする際は、「優先株」を発行したままでは上場できません。上場する株式を1種類にするために、上場する際は、「優先株」を「普通株」に転換する必要がある、というのが慣習です。

他方、本来「普通株」よりも多くの権利を持つ「優先株」を「普通株」に転換する訳ですから、「優先株」保有者から見ると、より「有利な条件」で転換したい、という話になります。

この「有利な条件」というのがネックでして、投資家から見ると、IPOというのは最大のExitイベント(=投資資金を回収するイベント)であるため、金融業者であるVCなどの投資家が最も気にするのは、何よりも「経済的」な有利さです。

VCなどの投資家が気にするのは、「上手く行った場合」の話ではなく、「あまりうまく行かない」IPOのケースです。つまり、上手く行っている(=株価が投資時よりも大きく上昇している)場合は、「お前らよく頑張った。優先株1株を普通株1株に転換していいよ」となります。そうしないとIPOできませんし、それでも十分リターンが得られます。

他方、「あまりうまく行かない」IPOの場合、「おいおい、うちが投資した時よりも低い株価でIPOされては困る。少なくてもそんな状態じゃ、優先株1株を普通株1株に転換されるとウチが損するからダメよ」という話になります。

そこで「ラチェット条項」という条項が、優先株を使った投資契約書に出てきます。特に、レイターステージ(=IPOに近いステージ)の優先株での投資の場合、この「ラチェット条項」が入るのは珍しくありません。

「ラチェット条項」というのは、分かりやすく言うと、

資金調達時の優先株の株価XとIPO時の株価Yを比べて、X > Yの場合(つまりIPOがダウンラウンドになる場合)、優先株を普通株に転換する際に、優先株1株を普通株 X ÷ Y ÷ (1-Z) (>1)株に転換する

という具合に、IPOがダウンラウンドになってしまっても、最低でも投資家がZ%分のリターンを得られるようにするための条項です。Zは、投資家の最低期待リターンです。

具体的な例で見てみましょう。例えば、最後の資金調達時に、1優先株あたり、1000円で資金調達したとします。IPO時に、事業の伸びがイマイチ、あるいは市場環境が悪くて、1普通株あたり500円のIPOになるとします。つまり、最後の資金調達時のバリエーションが、IPO時にほぼ半分になるということです。この場合、Z=20%とすると、優先株1株は、1000/500/0.8 = 2.5株の普通株に転換されます。

つまり、ダウンラウンドIPOの場合に、より多くの普通株が発行されることになり、既存株主の株式がより希薄化します。最近ですと、スクエアのケースで「ラチェット条項」が発動し、大きな議論となりました。


アメリカIPOの5つのトレンド

Fenwickというシリコンバレーの大手法律事務所が、2014-2015年の2年間のアメリカでのIPO41件を分析したデータがあるので、それを元に実例を見てみましょう。


#1 肥大化するIPO

IPO件数は、2014年に27件、2015年に14件と減少していますが、IPO時の時価総額は、$980m(1080億円)から$1492m(1641億円)IPOが肥大化しているのがよく分かります。

全体の71%のIPOが「アップラウンド」(最後の資金調達から株価が上昇)で、29%がダウンラウンド(最後の資金調達から株価が下落)でした。

最後の資金調達ラウンドからIPO時までどの程度株価が上がったのかを見ると、平均で94%、中間値で36%株価が上昇しています。ただし、株価が上がるアップラウンドのケースは、2014年から2015年にかけて減少しています。


#2 高騰するプライベート資金調達時の「優先株」

最後の資金調達ラウンド時点で、優先株と普通株の値段がどのくらい違うのか、という点ですが、平均すると、普通株は優先株の67%の値段で値付けをされていました。

つまり、IPO前の最後の資金調達ラウンド時点で、投資家に普通株よりも33%分も高い株価で株式を発行していることになります。


#3 ダウンラウンドの割合・ラチェット条項が発動する割合

前述の通り、全体の29%のIPOがダウンラウンド(最後の資金調達から株価が下落)でした。実際に、ラチェット条項が発動したIPOは20%もありましたが、ラチェット条項によって追加発行された株式は3%程度でした。つまり、既存株主の希薄化は、そこまで大きくなかった、とも言えます。

プライベートな資金調達ラウンドで、33%も高い株価で投資家に株を発行しておきながら、20%ものIPOでラチェット条項が発動するというのはどういうことなのでしょうか?

創業者視点で考えると、「上場前は、成長している感を出すためにも、なるべく高い株価=時価総額で資金調達をしたい。他方、それらがIPO時に適正価格に修正されるのは止むを得ない」という感覚なのだと思います。


#4 上場時のDual Class普通株がより一般的に

24%のIPOが、Dual Class普通株を採用していました。(Dual Classというのは、通常、創業者など一部のキーパーソンに、会社を支配できるレベルの議決権を与えるために利用されます。)S&P 100(アメリカの株価指数に用いられる著名企業)のうちDual Classを採用しているのは9%のみなので、最近のIPOでDual Class普通株が多いことが良く分かります。

これは、創業者視点で見れば、「金銭的な面で既存投資家を優遇するのは構わないが、中長期的な会社のコントロール(議決権)は自分たちで持ちたい」という意思の現れだと思います。


#5 上場時の既存株主の株式買い増しが増加

日本ではあまり考えられないかもしれませんが、アメリカは上場前のラウンドが肥大化しており、IPO前の巨大な資金調達ラウンドはVC等ではなく、(元来、上場株の売買を専門にしてきた)投資ファンド・ヘッジファンドなどが主導するケースが多々あります。こうした投資家は、IPO時に株を売るだけでなく、「買い増す」ケースも珍しくありません。

実際、22%のIPOで、既存株主が株式を買い増しました。他方、29%のIPOで、既存株主が株式を売却しました。49%のIPOでは、既存株主が株式を売却も買増もしませんでした。

IPO時の買い増しが起こった件数が2014年の19%から2015年の29%と大きく上昇しているのにはいくつか原因が考えられます。

一つ目は、プライベート資金調達ラウンドで、(元来、上場株の売買を専門にしてきた)投資ファンド・ヘッジファンドの関与がより積極的になってきている、ということでしょう。

二つ目は、IPO時の株価が相対的に下がってきているため、IPO時であっても、株価に「お得感」が出てきたと見ることもできるでしょう。


まとめ

おさらいすると、最近のアメリカのIPOのトレンドとしては以下の5つが上げられるかと思います。

#1 肥大化するIPO
#2 高騰するプライベート資金調達時の「優先株」
#3 ダウンラウンドの割合・ラチェット条項が発動する割合
#4 上場時のDual Class普通株がより一般的に
#5 上場時の既存株主の株式買い増しが増加

個人的には、以下のような創業者心理が働いているのかと思います。

・できるだけIPOは遅らせたい
・IPO前のプライベート資金調達ラウンドでは、「成長している感」を出すために、なるべく高い株価で調達したい。
・高い株価でも投資してくれる株主として、(元来、上場株の売買を専門にしてきた)投資ファンド・ヘッジファンドなどが、プライベート市場にも進出。
・他方、IPO時にそれらの「ツケ」として、多少の株価調整は厭わない。
・経済的な「ツケ」をIPO時に払うのは構わないが、議決権はIPO後もコントロールしたい。


おまけ: 最近のレイターステージの「あるある」

主にシリコンバレーのスタートアップでは、できるだけIPOを遅らせる傾向にあります。レイターステージでの資金調達額が、どんどん大きくなっており、所謂VCが出せる額を超え始め、プライベート・エクイティ等、本来であれば上場株を売買するファンドが、上場前のスタートアップに投資をし始めています。

こうした所謂VC以外からの資金調達の場合、形上は優先株で調達になるのですが、最近多いパターンとしては、Liquidation Preference(残余財産分配請求権)以外に、Liquidation Cap(日本語訳が難しいのですが、残余財産分配上限額?)というものが設定されることが割とあるみたいです。

Y CombinatorのSamのブログによると、

Late-stage private valuations. But perhaps the answer is that these “investments” aren’t really equity—they’re much more like debt. I saw terms recently that had a 2x liquidation preference (i.e. the investors got the first 2x their money out of the company when it exited) and a 3x liquidation cap (i.e. after they made 3x their money, they didn’t get any more of the proceeds).

とあります。要はどういうことかと言うと、

Liquidation Preference(残余財産分配請求権)が2x(2倍)、Liquidation Cap(残余財産分配上限額?)が3x(3倍)というようなディールがある。これは、投資額の2倍までや優先的に分配されるが、最大でも投資額の3倍まで、という意味で、もはやこのような投資は、形式上は優先株になっているものの、Debt(社債)での調達に近い。実際、このようなDebt(社債)に近い形であれば、投資家から見ると、Valuation(評価額)はあまり意味をなさない

ということです。つまり、創業者側は、優秀な従業員をキープしたりするために、Valuation(評価額)を上げたいというモチベーションが強い一方で、レーターステージの投資家は、上記のように相当リスクを下げて投資する形が増えるとすると、Liquidation Cap(残余財産分配上限額?)以上には分配されないわけですから、投資時のValuation(評価額)はあまり関係ない、ということが起こっている、という話です。

ユニコーンが乱立するのは、こうした形の「レーターステージでの資金調達方法の変化(進化?)」が影響しているのかもしれません。


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