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ファーウェイ騒動は氷山の一角、6つの分野で「技術戦争」は始まっている~テクノロジーの地政学・全文公開#1

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私シバタナオキと吉川欣也さんの共著書『テクノロジーの地政学 シリコンバレーvs中国、新時代の覇者たち』が、今年11月22日に発売されました。このnoteでは、これから毎週1章ずつ「まるごと」全文を公開していきます。

最近、政治・経済で米中の争いがニュースになる機会が増えています。背景にあるのは、中国のテクノロジー産業が急速に発展し、米国の脅威になりつつあるという事実です。一方で、中国企業はシリコンバレーおよび米西海岸の企業群と密接に絡みながら(影響を受けて)進化を遂げてきたという側面もあります。

本書『テクノロジーの地政学』は、このシリコンバレーと中国のテクノロジー動向を深掘りしてまとめた一冊です。これから全6章を小分けにしてお届けする「全文公開」をご覧いただき、面白そう、役に立ちそうと感じたら、ぜひ書籍をお買い求めください。

この記事の目次

・米中「技術戦争」の真相とは? 本書のご紹介
・全文公開Chapter01:人工知能の概要
・人工知能のマーケットトレンド
  シリコンバレー編/“スネークオイル”が多い中で押さえるべきポイント
  中国編/国家戦略を「逆輸入人材」が後押し
・人工知能の主要プレーヤー
  シリコンバレー編/AI活用の勝敗分ける「データと技術」獲得競争
  中国編/IT御三家「BAT」はAIで人類を進化させるか
・人工知能分野の注目スタートアップ
・未来展望
  シリコンバレー編/結局、今のAIは何を、どこまでできるのか?
  中国編/日本企業、逆転のカギは「データなし学習」にある?

米中「技術戦争」の真相とは? 本書のご紹介

本書は、2018年6月~9月に我々が主催したオンライン講座「テクノロジーの地政学」を書籍化したものです。講座では、以下に記す6分野を中心に、シリコンバレーと中国それぞれのマーケットトレンドや主要プレーヤーを解説しました。

 Chapter01:人工知能
 Chapter02:次世代モビリティ
 Chapter03:フィンテック・仮想通貨
 Chapter04:小売り
 Chapter05:ロボティクス
 Chapter06:農業・食テック

なぜ「シリコンバレーvs中国」の比較形式にしたかというと、この2地域の企業動向が、今後の世界経済を確実に左右すると見ているからです。私たちがそう考える理由を2つ、紹介しましょう。

一つ目は、2018年12月1日にカナダで起きた、中国の通信機器大手ファーウェイCFOの逮捕に象徴される動きです。米国の要請だったというこの一件を皮切りに、日本政府はファーウェイ(とZTE)の製品を政府調達から排除すると発表し、日本の通信キャリアも追従する動きを見せています。

その一因として、同社の製品には情報流出やサイバー攻撃の危険性があると言われていますが、技術面での確たる証拠は示されていません。にもかかわらず、複数の国が連携して矢継ぎ早に「ファーウェイ封じ」に動いたのはなぜか? 私たちは、この一件の首謀者である米国が、中国企業の技術力に脅威を感じ始めたからだと見ています。

米アップルのiPhoneが多くの部品を中国で製造してきたように、中国は少し前まで「世界の工場」と呼ばれていました。海外企業のコピー製品ばかりだという印象を持っている方もいるでしょう。しかし、それはもう過去の話。この数年で、中国のテクノロジー産業は世界有数のイノベーターとして飛躍を遂げています。その成長スピードは、IT産業の聖地とされるシリコンバレーの企業群と比べても同等または上回る勢いです。それゆえ、米国はテクノロジー産業の覇権を中国に譲る前に、何かしらの疑惑をもって「中国企業は要警戒だ」と世界に示し、彼らの海外展開を阻みたいのだと思われます。

日本ではファーウェイの一件が政治の話として語られがちですが(実際に政治が絡む形にはなってきましたが)、この騒動の裏側には、米中間の「技術戦争」があるのです。そして、今回のファーウェイ封じは、今後も続くであろう技術戦争の氷山の一角でしかない。次は別の中国企業が、米国とその友好国に牽制されるような動きも出てくるかもしれません。

これからの世界経済の動向を見通すには、米国、特にシリコンバレーと中国がしのぎを削る技術戦争の模様を正しく理解しなければなりません。しかも、この戦いは多くの日本企業にも直接的な影響を与えます。シリコンバレーと中国のテクノロジー企業群は、覇権争いを繰り広げる中で「IT・Web」という産業の枠を超え、自動車産業や製造業、金融業、小売業など既存産業のビジネスモデルも変えつつあるからです。これが、2つ目の理由です。

米グーグルが自動運転車の開発に多大な影響を与え、中国のモバイル決済アリペイ(Alipay)が日本でもキャッシュレス化を促すようになっている――。こうした事象だけ見ても、日本の関連産業で働く人たちはシリコンバレーと中国の最新ビジネスを知っておく必要があると分かるでしょう。

そこで本書は、上記した6分野ごとにシリコンバレーと中国の現地情報に精通した「ゲスト解説」をお招きして、

 ・マーケットトレンド解説(シリコンバレー編/中国編)
 ・主要プレーヤー解説(シリコンバレー編/中国編)
 ・各分野の注目スタートアップ
 ・未来展望(ゲスト解説と我々による議論)

の4つをまとめています。

これからご紹介する全文は、基本的に文章だけ抜粋した形になりますが、書籍では「シリコンバレーvs中国で各分野の動向を見開き比較」している他、「市場調査会社が出している最新データ」「主要プレーヤーが開発する製品・サービスの説明画像」をふんだんに盛り込んでいます(サンプルページは以下です)。ぜひお手に取ってみてください。

全文公開Chapter01:人工知能の概要

前振りが長くなりましたが、ここからは書籍『テクノロジーの地政学』のChapter01:人工知能の章を紹介していきます。

日本でも「人間の仕事を効率化する」「新たな産業革命をもたらす」などと話題に上ることが増えている人工知能(以下、AI)。さまざまな業種の企業が、基礎研究やサービス開発に取り組んでいますが、シリコンバレーと中国の企業は途方もない金額を投じてこの分野で世界一を取るべく奔走しています。特に中国は、短期間で一気にAI大国になりつつある。その背景には何があるのか、詳しく見ていきましょう。

《この章のポイント》
■ シリコンバレー
AIの本格活用に向けて「6つの課題」に取り組む
IT・ネット企業を中心に「AI人材獲得戦争」が勃発

■ 中国
国策「次世代AI発展計画」により投資額は世界一に
海外企業も参加する「AI技術プラットフォーム」を構築中

《この章のゲスト解説》
■ シリコンバレー編
Draper Nexus(ドレイパーネクサス) General Partner
前田浩伸氏

大学を卒業後、1999年に住友商事へ入社。2004年からの約2年間、同社が米シリコンバレーに設立したベンチャーキャピタルPresidio Venture Partnersで働く。その後、2006年に米 Globespan Capital Partnersへ転職。2014年にはベンチャーキャピタルの米Draper Nexus を立ち上げ、General Partnerに。現在は約250億円のファンドを運用しながらベンチャー投資を行っている。その過程で数々のスタートアップを見ており、近年はAI関連の企業動向にも精通する。

■ 中国編
株式会社デジタルハーツ CTO
Golden Whales(ゴールデン・ホエールズ) 共同創業者
石黒邦宏氏

北海道大学農学部を卒業。株式会社SRAを経て、デジタル・マジック・ラボでインターネット経路制御の運用にかかわり、オープンソースソフトウェアで経路制御を実現するGNU「Zebra」 を開発。「Zebra」をベースにした商用ソフトウェアを開発・販売するために、1999年にシリコンバレーでIP Infusion Inc.(米サンノゼ)を共同設立、CTOに就任。その後、株式会社ACCESS CTO、株式会社アプリックスCTOを経て、2017年より株式会社デジタルハーツ CTOに就任。投資会社Golden Whales(米サンマテオ)の共同創業者でもある。

人工知能のマーケットトレンド

■ シリコンバレー
現在のAI活用は第三次ブームと呼ばれ、ディープラーニングの研究開発は2012年以降に本格化した。火付け役はシリコンバレーの企業群だ。

【投資額】
2017年、世界のAI投資総額は年間で約1兆円超え

米CB Insights調べ(2018年)。日本のスタートアップ投資額は全体で3000億円弱と言わ れており、それよりも多い金額がAI分野に集まる。2016年までは米国がトップだった。

【全体傾向】
AIの本格活用に向けて6つの課題に取り組む

世間が寄せる期待に反して、AI開発は発展途上の段階にある。そこで、大手からスタートアップまで多くの企業が、後述する6つの課題解消に取り組んでいる。

【人材獲得】
ITトップ20社のAI人材採用費は年間総額650億円

米の経済メディア『フォーブス』より。中には、1社で「1000を超えるAI関連職務で人材募集」「年間2億2780万ドル(約227億円)もの採用予算」を割く会社も。

【人材獲得】
アップルによるSiri買収で潮目が変わる

近年はAI関連の「タレント・アクイジション」(タレント人材獲得)を目的とした有望スタートア ップの買収も活発に。転機は2010年、アップルによるSiriの買収か。

■ 中国
AI研究の発信地だったカナダ&シリコンバレーを、2017年に「逆転」した中国。AI大国に変貌した背景には、国家ぐるみの戦略が隠されている。

【投資額】
2017年、AI関連の資金調達額で世界一に(約6000億円)

米CB Insights調べ(2018年)。世界のAIスタートアップの資金調達額のうち、中国が 48%、米国が38%と首位が逆転。中国が世界一になった背景には国家戦略がある。

【全体傾向】
政府主導で次世代AI発展計画を発動

2017年7月、中国政府は3段階でAI産業を発展させていく国家戦略を発表。この“号令”が、 中国のAI研究を一気に世界水準に引き上げた。

【人材獲得】
米国からの引き抜きで年俸1億円プレーヤーも

シリコンバレーで成果を上げたトップクラスのAI研究者を引き抜く動きが加速化しており、中には年俸1億円レベルの提示を受ける場合もあると見られている。

【市場規模】
2030年までに170兆円の一大産業に

上記の次世代AI発展計画や人材獲得の結果、中長期的に自国を「世界のAIイノベーションの中心地」にする予定で、関連産業を含め170兆円規模に成長させると目論む。

〝スネークオイル〟が多い中で押さえるべきポイント

~マーケットトレンドの詳細解説 シリコンバレー編 前田浩伸氏に聞く~

AIの進化がビジネスに与えるインパクトは、次世代モビリティ、ロボット、フィンテック、通信関係、エネルギー、IoT(モノのインターネット)など、多方面に及びます。そう遠くない将来、多くの産業に破壊的イノベーションをもたらすのは間違いないでしょう。
 
ただ、AIに過剰な期待を寄せる傾向がある一方、2018年現在はまだそこまでの進化を遂げていません。そこでまずは、AIビジネスの現在地と、解消するべき課題は何なのかを、ベンチャーキャピタル(以下、VC)の米ドレイパーネクサスで多くのスタートアップを見てきた前田浩伸氏に伺いました。

《AI分野への投資総額は年間1兆円超え》
 
最初は数字でこの産業の勢いを見てみましょう。スタートアップ界隈の動向調査を行っている米CB Insightsの調査によると、AI分野に対する世界の投資額は2013年から年々増加しており、2017年は年間総額で161億ドル(約1兆6100万円)となりました。日本のスタートアップへの投資額は全体で300億円弱くらいと言われているので、文字通り桁違いの巨額がAI関連の企業に投資されているというわけです。
 
ただ、年間で1000件以上の投資案件がある中、VCの間でよく言われているのは「このうちの多くは“スネークオイル”だろう」ということ。日本語で言う「ガマの油」で、何にでも効く万能薬として広まったものの、実際は何の効能もなかったという意味です。今は本当に多くの企業がAIを使ったサービス開発を進めているので、そのうちどれが本物なのかを見極める目利き力が問われます。

《AI産業が抱える6つの課題》
 
ドレイパーネクサスがこれまでに投資してきたAIスタートアップの中にも、うまくいっている会社と、そうでもない会社があります。この「当たり外れ」を通じて我々が感じてきた課題は以下の6つ。このうちのいくつかを一定水準でクリアして初めて、ビジネスとして成立するのだと考えています。

 ・データ収集
 ・プライバシー保護
 ・法的責任
 ・AI活用の倫理
 ・人材獲得
 ・ビジネスインテグレーション

まず、AIビジネスはきちんとしたデータフィードがあって初めて成立するものだということです。業界によっては、AIを学習させるのに必要なデータがまだまだ精緻化されていません。それに、AIの進化に必要なデータを本当に細かいレベルで精緻化していく作業が、ユーザーのプライバシー保護の観点から非常に難しくなっているという課題もあります。各社がどういう種類のデータを保持していて、そのデータの特性はさまざまな法的制限とどのようにかかわっているのか? をちゃんと理解した上でデータサイエンスを行っていく「データのガバナンス」が大事になっているのです。
 
加えて、AIを使ったサービスを提供する際の倫理問題についても、まだ誰が責任を取るのかという線引きがあいまいです。例えば「自動運転車が何かの障害物に直面して、もう止まれないとなった時に、AIはどう動くべきか?」といった議論です。右に曲がれば木に当たってドライバーが死ぬ。左に曲がれば人がいる。この場合はどうするべきか。こういった点については、まだ混沌としながら進んでいる状況なので、遅かれ早かれ整備しなければならないでしょう。

最後に挙げたビジネスインテグレーションも、非常に重要なポイントです。AIエンジンが単体としてうまく機能していても、それがサービス内容や企業の業務フローと深く連携していないと、全体として良い成果が出ません。このインテグレーションの難しさは、よく課題に上がってきます。

《総額650億円……熾烈さ極める人材獲得競争》

課題の一つに挙げた「人材獲得」の難しさは、シリコンバレーで非常にホットな話題になっています。大手企業がこぞってデータサイエンティストやAI関連技術者の獲得に乗り出しており、採用にかける費用も高騰しているからです。
 
米の経済メディア『フォーブス』が2017年4月18日に出した記事「The Great AI Recruitment War」によると、IT産業の世界トップ20社がAI関連技術者を雇用するのにかけている年間費用は総 額で6億5000万ドル(約650億円)に上ったそうです。中でもEC大手のアマゾンは、1000を超えるAI関連職務で人材を募集していて、年間で2億2780万ドル(約227億円)もの予算を準備していたと報道されています。
 
それでも採用が追い付かないため、近年はタレント・アクイジション(タレント人材獲得)を目的とした有望スタートアップの買収も増えています。この流れが顕著になったのは、2010年、アップルが音声アシスタント機能を開発していたSiriを買収したあたりから。当時のシリコンバレーでは、「なぜアップルがSiriを買ったの?」という疑問の声が多数ありました。それがたった3~4年の間にAI技術を持つ企業に一気に注目が集まり出し、大手がAIスタートアップを買収する流れも加速していきます。あの有名な囲碁AI「アルファ碁」(AlphaGo)を開発した英ディープマインド(DeepMind)をグーグルが買収したのも2014年でした。
 
こうした人材獲得の努力が実り始めるのは、2019年くらいからではないかと思っています。AIを使ったアプリケーションが「本当に成果につながるもの」として一般に認知され始めるのは、まさにこれからなのです。

国家戦略を「逆輸入人材」が後押し

~マーケットトレンドの詳細解説 中国編 石黒邦宏氏に聞く~

続いて中国の全体動向を紹介しましょう。CB Insightsの調査によると、2017年、AI関連スタートアップの資金調達額で中国はアメリカを抜き世界一になりました。中国企業が資金調達総額のうち48%を占める一方で、米国企業は38%。2016年の同調査では中国企業の割合が11.6%だったので、たった1年で一気に逆転したことになります。この地殻変動の背景には、中国の国家戦略があるとされています。その詳細を、中国のAIテクノロジースタートアップの動向に詳しい石黒邦宏氏に伺いました。

《中国政府の「次世代AI発展計画」とは》

かつての中国企業は、主に製造業で米国や日本のメーカーの良いところをコピーしながら成長してきました。つまり、「後追い」するのが基本戦略だったわけです。それがここに来て、AI分野で「自分たちが先頭を走って世界を獲るんだ」という流れに変わったのは、2017年に中国政府が発表した「次世代AI発展計画」が大きく影響しています。

これは、AIを「国際競争の新たな焦点になり、将来をリードする戦略技術」と位置付け、3段階で国内のAI産業を発展させるというもの。その第一弾として、2020年までに中国のAI研究を世界水準に引き上げ、関連産業を含めて17兆円規模にすると発表しています。その後は2025年までに世界トップの水準に向上させ、第三段階の2030年までに関連産業を含めて170兆円規模に育てるという内容でした。

明確に「国を挙げてやるんだ」という意思を打ち出したという意味では、AI開発の歴史で重要な転機になるものだと思います。ただ、歴史を振り返ると、中国はそこまでAI分野の研究開発に長けていたわけではありません。最近のAI関連の研究、特にディープラーニングに関する新しい論文発表では、確かに中国系研究者の存在が際立っています。とはいえ、これはあくまでも「中国系の研究者」であり、実際のところはグーグルやマイクロソフトなど米西海岸の大手IT企業からバックアップを受けて研究した内容も非常に多いのです。

詳しくは後述しますが、今はそういった中国系の優秀な研究者を、中国企業が「逆輸入」している状況。次世代AI発展計画を実行する上での種まきが行われている状況だと言えるでしょう。

AI研究のど真ん中で台頭し始めた中国系研究者

シリコンバレーでAIの研究開発をしてきた中国系の研究者を、中国企業が逆輸入するような現象がなぜ起きているのか。理由を正しく理解するには、現在に至るまでのAI研究の歴史をさかのぼる必要があるでしょう。そこで「第三次ブーム」と呼ばれる現在のAI研究がどんな変遷で進んできたのか、象徴的な出来事と人材の動きから解説していきます。

《カナディアン・マフィアの誕生》

AIの研究には、1950年代後半~1960年代の第一次ブーム、1980年代~1990年代半ばの第二次ブーム、そして2012年くらいから始まった現在の第三次ブームという3つの時代があります。第一次~第二次ブームの時は世間の期待に実態が追い付かず、AI研究も冬の時代を迎えるというのを繰り返してきました。

しかし、第二次ブームの終わりくらいにカナダのトロント大学とモントリオール大学の研究者たちが地道にディープラーニングの研究開発を進めた結果、1989年に「 Convolutional Neural Network」という革新的な画像認識技術が発表されます。これはAI技術者の間でCNNと呼ばれており、生みの親の1人ヤン・ルカン氏が作った「LeNet」という画像認識のアルゴリズムは現在のディープラーニングの礎になっています。

その後の2006年には、これまたカナダのトロント大学でAI研究をしていたジェフリー・ヒントン氏が、「Layer-wise Pre-training」という論文でディープラーニングの手法を発表して大きな注目を集めました。この2つのターニングポイントを作ったルカン氏とヒントン氏に、モントリオール大学でAI研究の権威となっていたヨシュア・ベンジオ氏を加えた3人は、現在のAI発展の礎を作った「カナディアン・マフィア」と呼ばれています。

彼らは全員、カナダで生まれ育ったわけではありません。米国出身でもない。ルカン氏とベンジオ氏はフランス生まれで、ヒントン氏はイギリス生まれ。ポイントは、世界トップクラスのAI研究者が幸運にもこの時期の北米に集まっていたことです。

《中国系のAI研究者が台頭するまで》

少し時間を早めて、2012年、ILSVRCという画像認識の性能を競うコンテストで「AlexNet」というCNNが驚異的なエラー率の低さを記録します。100メートル走にたとえると、これまでは0.1秒レベルで世界記録を争っていたのが、一気に1秒単位で記録を更新したような衝撃がありました。

この「AlexNet」の開発に携わったのは、ジェフリー・ヒントン氏らトロント大学の研究者たち。彼らはその後グーグルに引き抜かれ、米スタンフォード大学と一緒に「GoogLeNet」という新しいCNNの開発を手掛けます。そして、このCNNの開発をしていた2014年当時の主要メンバーの中には、中国系のAI研究者が2人、入っていました。つまり、この時期あたりから、「中国系でカナディアン・マフィアの愛弟子たち」が大きな成果を出し始めたのです。

「GoogLeNet」の開発で主要メンバーに名を連ねたWei Liu氏やYangping Jia氏以外にも、2015年のILSVRCでこれまた驚異的なエラー率の低さを記録した「ResNet」の開発メンバーの中には、 4人の中国系研究者がいました。当時は全員がマイクロソフトリサーチに所属していましたが、うち1人はその後フェイスブックのAI研究機関に移籍します。そして、残る3人は中国のAIスタートアップに移籍。このような人の動きがその後もいくつか重なって、中国に優秀なAI人材が増えていきました。

《AI人材獲得の「お金と大義」》

中国のみならず、シリコンバレーの企業でも、研究開発における主要な人材を競合から引き抜くケースはよくあります。一方で日本企業を考えると、例えばトヨタ自動車でエンジン開発をリードしていたエンジニアを、ホンダが引き抜くことはご法度だと感じる人が多いでしょう。

実際には、中国企業によるAI研究者の「逆輸入」でも、我々には見えていない部分でいろいろなしがらみがあるのかもしれません。ただ、AI研究の世界は以前から、人材ネットワークと彼らが生み出すアルゴリズムは非常にオープンな状態で、AIを進化させるために必要なデータだけが各社固有の差別化要素という状態でした。ですからシリコンバレーでトップクラスのAI人材を中国企業が引き抜く際も、企業側、人材側ともにあまり躊躇がない。年俸も、正確な額までは分かりませんが1億円くらいは提示されていると思います。
 
ちなみに、こう書くと「お金にモノを言わせている」という悪い印象を持つ方もいるかもしれませんが、シリコンバレーから中国企業に移籍する中国系の研究者たちは「お金につられて移籍する」というより「中国がAI国家として新境地を開く」という大義に引かれて行くケースが多いように感じています。

人工知能の主要プレーヤー

■ シリコンバレー
インターネットサービスのみならず、自動運転や小売りの自動化など多方面に 革新をもたらすAIの開発には、メジャー企業が最優先事項として取り組む。

・GAFA(ガーファ)やMicrosoftなど大手がAI投資を強化

GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)をはじめ、大手IT企業がこぞってAI分野への投資を行う。中には「AI特化型ファンド」を設立する企業も。

・All Turtles(オール・タートルズ)など特化型のスタートアップ支援も誕生

元Evernote(エバーノート)CEOのフィル・リービン氏が立ち上げたAll Turtlesのように、AIスタートアップの成長を支援する専門企業まで生まれている。

・Googleは人間との音声会話までAIで自動化

スマートスピーカーやスマートフォンに搭載されている同社のAIアシスタント「Googleアシスタント」は、本格的に人の生活を変え得る活用例の一つに。

・AI用半導体の開発でNVIDIA(エヌビディア)が躍進

同社のGPUはディープラーニングで欠かせないものになりつつあり、半導体業界の注目株 に。NVIDIAが協力する企業の数は、2013年~2015年で35倍と爆発的に増えた。

■ 中国
AI大国になるべく国を挙げて研究開発に取り組んでいる中国では、大手IT企 業が自動車や医療分野など「非IT産業」にも影響を及ぼすようになっている。

・研究開発に数百億円~1兆円規模を投じるBAT

中国のIT御三家と呼ばれるBAT(検索大手のBaidu、EC大手のAlibaba、SNS大手のTencent)は、中国政府の後押しもあり、AIの研究開発に巨額を投じるように。

・Tesla(テスラ)に約1800億円も投資したTencent

SNS企業が自動車メーカーのTeslaに出資するという意外さもさることながら、中国企業が 米国の先進的なAI関連企業にも幅広く出資していることが読み取れる事例だ。

・Baiduが普及を進める「AI技術プラットフォーム」

対話型AIや自動運転技術の世界的プラットフォームを構築するべく、他社よりも比較的早い時期にAI分野に本格参入したBaidu。その理由とは?

・EC大手のAlibabaは半導体開発にも進出

2017年に「今後3年でAIや半導体関連の研究開発費に約1兆7000億円を投入する」と発表。半導体業界でもインターネット企業の影響力が強まる傾向を象徴する。

AI活用の勝敗分ける「データと技術」獲得競争

~主要プレーヤーの詳細解説 シリコンバレー編 前田浩伸氏に聞く~

AIの進化は今後さまざまな産業に変革をもたらすでしょう。いざそうなった時にビジネス上のアドバンテージを取るために、シリコンバレーでは「データと技術」をいち早くモノにしようと動く大手企業がしのぎを削っています。

《AI特化型ファンドの誕生》
 
大手企業のAIシフトは、自社の研究開発強化にとどまらず、シリコンバレーのAIエコシステム(産業を育む環境、生態系のこと)全体に影響を与えています。その象徴的な動きの一つが、AI特化型ファンドの創設です。
 
マーケットトレンドの解説で、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)やマイクロソフトといった巨大IT企業がタレント・アクイジション目的の企業買収を繰り返していると述べました。そこから発展する形で、グーグルは2017年にグラディエント・ベンチャーズ(Gradient Ventures)というAI特化型の投資ファンドを設立。世界的なAIの権威、レイ・カーツワイル博士らをアドバイザーに据えて投資先を支援しています。

その前年の2016年には、マイクロソフトが「M12」というスタートアップ支援組織を通じてAI分野に投資を行っていくとも発表しています。
 
シリコンバレーの企業は、新しいエコシステムが作られるタイミングで特化型ファンドを立ち上げることがよくあります。グーグルやマイクロソフトの動きも、AIの研究開発に幅広くかかわっていきたいという考えの表れです。

他にも、2017年には情報管理クラウドサービスで知られるエバーノート(Evernote)の元CEOフィル・リービン氏が、AIを駆使した製品・サービスを連続的に生み出すスタートアップスタジオ「オール・タートルズ」(All Turtles)を立ち上げています。こうしてエコシステムそのものを拡大していく動きは、今後さらに強まっていくでしょう。

《「一般向けAI」で先陣を切るグーグル》

米西海岸のIT企業群の中で、一般向けのAIサービスを最も積極的に(かつ数多く)リリースしている企業の一つがグーグルです。2018年5月に行われた同社の開発者向け会議「グーグル アイ・オー2018」(Google I/O 2018)で発表されたデモを見ても、AIを活用した機能が多数紹介されていました。

特に印象的だったのは、スマートスピーカーやスマートフォンに搭載されているAIアシスタントの「グーグルアシスタント」が、人間と音声で会話をしながら美容院の予約を取るというデモ映像です。新機能のGoogle Dupleが人と会話しているところは、コンピューターが相手とは思えない滑らかさでした。しかも、会話しながらカレンダーの空いている時間を探して、自分の代わりに予約までしてくれる。こういう世界がもう目の前に来ているんだと未来を感じました。

《エヌビディア下克上の軌跡》

次は、シリコンバレーという名前の語源となった「シリコン≒半導体メーカー」の動向です。近年は、グーグルがディープラーニング専用プロセッサを開発したり、インテルが自動運転技術で知られるイスラエルの会社モービルアイ(Mobileye)を買収したりと、いろいろな変化が起きています。

ただ、勢いという意味ではエヌビディア(NVIDIA)が図抜けている。いまや、同社のGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)がなければディープラーニングができないという状況にまでなっているからです。
 
1990年代~2000年代のシリコンバレーでは、エヌビディアと言えば「パソコンや携帯電話のGPUメーカーの一つ」であって、そこからAI分野に進出するなんて想像もつきませんでした。徐々に躍進し始めた理由も、同社のGPUがマイクロソフトのゲーム機やソニーのプレイステーションシリーズ、任天堂のゲーム機に搭載されるようになったからで、今も売り上げの約5割はゲーム業界から得ています。

しかし、エヌビディアはソフトバンクが第4位の大株主になっているので、これから孫正義氏が大きくお金を投入することも考えられます。そうなった時に本当の意味でAI分野のトップ半導体メーカーになれるのか。これからに注目です。

IT御三家「BAT」はAIで人類を進化させるか

~主要プレーヤーの詳細解説 中国編 石黒邦宏氏に聞く~

AI大国になるための地固めを国を挙げて進めている中国では、具体的にどんな取り組みが行われているのでしょうか。ここでは、中国のIT御三家と呼ばれる「BAT」(検索大手のバイドゥ、EC大手のアリババ、SNS大手のテンセントの3社の頭文字を取った造語)の動きを中心に見ていきます。

《単体でも数百億円~1兆円規模の投資》
 
バイドゥは2016年、AI投資を主とした2億ドル(約200億円)のファンド「バイドゥ・ベンチャーズ」を立ち上げ、成熟期のスタートアップへ投資を行う 31 億ドル(約3100億円)のファンド「バイドゥ・キャピタル」も組成しています。さらに2018年4月には、5億ドル(約500億円)のAI特化型ファンド「Changcheng Investment Partners」を立ち上げました。

他方でアリババは2017年10 月に「今後3年間でAIや半導体関連の研究開発費として1000億元(約1兆7000億円)超を投入する」と発表しています。いずれも、シリコンバレーの投資レベルをはるかに上回る巨額です。
 
テンセントは2社のような動きを見せていないものの、AI関連企業への投資を積極的に進めています。国内のロボティクス企業ユービーテック・ロボティクス(UBTECH Robotics)が行った4000万ドル(約40億円)の資金調達をはじめ、インドの配車サービス・オーラ(Ola )が行った11億ドル(約1100億円)の資金調達ではリード役となっていました。2017年にシリコンバレーでも話題になった案件としては、自動運転技術にも張る目的で米テスラ(Tesla)に約1800億円もの巨額の出資をしています。

《出資・提携は米国企業も対象に》  

このテンセントの動きに付随して、興味深いデータも出ています。CB Insightsの調査によると、BAT3社の投資先は、中国企業が46%なのに対して、米国企業への投資も44%と比較的高い割合になっているそうです。理由の一つは、現在のBATで投資業務をやっている人たちが、もともと米国で働いていたからでしょう。AIの研究者だけでなく、この分野でも人材を「逆輸入」しているということです。全員がそうとは言いませんが、米国にもネットワークを持っている人たちが、有望なスタートアップを国をまたいでウォッチしているのだと思います。
 
もう一つ、中国では医療系のAI関連技術を開発しているスタートアップがまだまだ少ないという事情もあります。政府主導の次世代AI発展計画では、音声認識や自動運転、スマートシティの他に「AI医療」も注力分野に入っており、テンセントなどは国内外を問わずヘルスケア関連のAIスタートアップへ多くの投資・提携をしています。自分たちができるところ・できていないところを分別した上で、着手し切れていない領域では有望な企業を買う。そんな感覚なのだと思います。

《「AIプラットフォーム戦略」で起死回生を図るバイドゥ》

バイドゥは検索サービスで大きくなった会社ですが、現在は「Android OSを持たないグーグル」のようになっています。スマートフォン対応に失敗し、業績が伸び悩んでいるという意味です。それゆえ、AIの研究開発に注力することで復活を狙っているような印象を受けます。
 
事実、バイドゥはBATの中でいち早くAIシフトを進めてきました。2017年に出された「次世代AI発展計画」に先駆けて、2014年に著名なAI研究者のアンドリュー・ウ氏を雇い入れています。同氏は、米スタンフォード大学からグーグルに入り、AI研究機関のグーグルブレイン(Google Brain)を立ち上げたことで知られる中国系のAI研究者です。バイドゥに移籍してからは、対話型AIプラットフォームの「Duer OS」や、自動運転技術のプラットフォーム「アポロ」(Apollo )開発プロジェクトなどをリードしていました。
 
現在、ウ氏は起業してバイドゥを離れていますが、同社は今、中国で最も多くのAI研究者・技術者を擁する企業となっています。そして彼が立ち上げた自動運転技術のプラットフォーム「アポロ」開発プロジェクトには、バイドゥの気概のようなものも感じます。

「アポロ」という名前は、NASAによる月への有人宇宙飛行計画だった「アポロ計画」にちなんでいます。しかも、ソフトウェア開発プラットフォームのギットハブ(GitHub)で公開しているソースコードの「README.md」(開発に参加するエンジニアに最低限読んでほしい項目をまとめたページ)には、当時のJ・F・ケネディ米大統領が語ったアポロ計画への抱負がそのまま引用してある。

「我々は今後10年以内に人類を初めて月に送る。それは簡単ではなく、非常に困難なチャレンジだからだ」という彼の名言を引用している時点で、非常に志が高いのです。
 
もちろん、事業として自動運転でもうけたい、AI分野で復活を遂げたいという目論見もあるでしょうが、同時に「これは人類全体にとってのチャレンジなんだ」という思いが伝わってきます。

人工知能分野の注目スタートアップ

人工知能分野は、音声認識や画像認識などを行う【認識AI】、Webやアプリサービスを進化させる【インターネットAI】、業務用などBtoB向けの【ビジネスAI】という3つに分類できます。この3分野の中で、我々が注目する企業をいくつかピックアップしてみました。

《シリコンバレー/認識AI》

■ スマートスピーカー

日本ではあまり普及していない状況ですが、シリコンバレーでは一般家庭にも広く浸透しており、中でも2016年はAmazonのスマートスピーカー「Amazon Echo」が90%以上の圧倒的なシェアを占めていました。

ただ、後発の「Google Home」やAppleの「HomePod」などが出てきて、サイズや価格面でバリエーションが広がったこともあり、「Amazon Echo」のシェア率は年々下がっています。このあたりの競争に加えて、普及度合いそのものに差がある日本とアメリカでどんな違いが出てくるのかという点についても注目しています(吉川)。

■ SoundHound(サウンドハウンド)

音楽の鼻歌検索サービスから始まり、近年は音声認識AIのプラットフォー ム「Houndify」を開始して一気に注目株となった会社です。すでに米のグルメ検索大手のYelp(イェルプ)やライドシェアのUber(ウーバー)、旅行サービスのExpedia(エクスペディア)など、さまざまな企業が利用しており、多様な情報が集まるプラットフォームになっています。

その他、自動車メーカーやロボット開発企業などにも注目されており、日本の大企業も複数社が出資しています。Google、Amazon、Facebook、Microsoftといった大企業の色が付いていないAIサービスを使いたいというニーズに応える企業として、今後より注目されるでしょう(吉川)。

《シリコンバレー/インターネットAI》

■ Freenome(フリーノーム)
【インターネットAI】のカテゴリーでは、これまで紹介してきたGoogleやFacebookなどの有名サービスがたくさん出ているので、ここでは今後増えてきそうな「ヘルスケア×AI」分野の注目企業を紹介します。  

Freenomeは2015年に設立されたスタートアップで、AIを使って血液サンプルのDNA解析を行い、ガンの早期発見を目指しています。2017年~2018年に自社内および提携研究機関で最大1万件の血液生検を実施する予定で、これまでの資金調達総額は7800万ドル(約78億円)。著名なVCであるアンドリーセン・ホロウィッツが投資していることでも知られています(吉川)。

《シリコンバレー/ビジネスAI》

■ Nauto(ナウト)
日本の自動車メーカーも注目している自動運転領域のスタートア ップで、運転中のドライバーの様子や周辺の状況をカメラで追い、クラウド 上のAIで危険度をリルタイムに分析するというシステムを提供しています。 

今後「自動運転の頭脳」に進化し得るシステムを開発する同社には、ソフトバンク・ビジョン・ファンドを立ち上げた孫正義氏が東京・汐留に呼んで話を聞き、その場でナプキンに投資額を書いて渡したという逸話もあるくらい注目が集まっています(前田氏)。

■ Cylance(サイランス)
【ビジネスAI】の分野では、AIがセールス・マーケからCS、HR(採用・人事)、オペレーションとさまざまな業務を実際に代替しつつありますが、ここではセキュリティ分野の注目企業を紹介します。  

Cylanceはセキュリティソフトを提供するMcAfee(マカフィー)の元CTO によって2012年に設立された会社です。AIが作成したデータモデルを元に、ファイルの構造からサイバー攻撃を予測、従来型のブラックリストモデルではない形で圧倒的な検知率を実現するエンドポイント製品を提供しています。

同社はAIによるサイバーセキュリティ対策の分野で初のユニコーン(企業の評価額が10億ドル=約1000億円以上で非上場のベンチャー企業を指す言葉)となっており、圧倒的な量の継続的分析は人間には不可能であることから「AIが人間を超えていることを立証した事例」でもあります(前田氏)。

■ Leap.ai(リープ・エーアイ)
Googleの出身者が立ち上げた会社の一つで、AI技術を活用して、優秀なテクノロジー人材とシリコンバレーや中国のテクノロジー企業をマッチングさ せるサービスを展開しています。AIを活用した人材マッチングサービスは今後もっと増えていくでしょうが、Leap.aiが興味深いのは、前述した大手企業によるAI関連人材の採り合いが続く中、中国にも求人の幅を広げていった点です。いくつかのスタートアップが実際に使って評判が広まり、今では次のユニコーン候補として見られています(吉川)。

《中国/認識AI》

■ SenseTime(センスタイム/商汤科技)
2014年創業で、2018年4月にAlibaba Groupがリードする資金調達で6億ドル(約600億円)を獲得したAI画像認証プラットフォーム企業です。ユーザーは世界中に広まりつつあり、日本でも自動車メーカーのホンダと共同開発契約を結んでいます。

技術力では世界トップクラスと評判で、同社の研究開発チームは前述したAIによる一般物体認識のコンテストILSVRCの動画部門で2015年に優勝を果たしています。そういった意味でも、正統派のイノベーション駆動なスタ ートアップの一つです(石黒氏)。

■ Megvii Technology(メグビー・テクノロジー/旷视科技)
2011年創業、顔認証技術のオープンプラットフォーム「Face++」を運営するスタートアップです。「Face++」を使い、何らかの形で顔認証された人数は全世界で1億を超えており、この分野で世界屈指という呼び声があります。前述した「ResNet」の主要開発メンバーのうち、2名の中国系AI研 究者が移籍した会社でもあり、2015年のAlibaba Groupとの提携を機に急成長しました(吉川)。

《中国/ビジネスAI》

■ Liulishuo(リウリシュオ/流利説)
Google出身の中国人起業家が立ち上げた、AIを使った英語学習サイトです。音声認識エンジンを使って発音を判定するプログラムを持ち、発音デ ータベースは世界有数と言われています。現在は4500万人のユーザーが登録、2017年には1億ドル(約100億円)の資金調達を行っています(吉川)。

■ Bytedance(バイトダンス/字节跳动)
日本のニュースアプリ「SmartNews」「グノシー」などの中国版とも言うべき「Toutiao」を運営しているのがBytedanceです。中国ナンバーワンのニ ュースアプリというだけあって、スケールは桁違いに大きいです。

「Toutiao」はユーザーデータや閲覧習慣に基づいて記事・動画を提供しており、月間アクティブユーザーで2億超、2017年の広告収入は25億ドル(約2500億円)に達しています。同社は他にも、日本の若者の間で流行している動画ソーシャルアプリ「TikTok」などを運営しています(吉川)。

結局、今のAIは何を、どこまでできるのか?

~未来展望 シリコンバレー編 前田浩伸氏に聞く~

ここでは、吉川とシバタ、前田浩伸氏の3人が2018年時点のAIができること・できないことを私見を交えて議論した内容をご紹介しましょう。

議論したのは下の表にある内容で、それぞれの見立てを「◎ 今すぐできる」「〇 2~3年以内にできそう」「▲ 5年かかっても難しそう」で示しています。

1. 画像の中に写っているものを正確に認識する(画像認識)

シバタ 今のディープラーニングはだいぶ洗練されてきたので、人間と同じかそれ以上に正確に把握できるようになったと思っています。前田さん、吉川さんはどうですか?

前田 画像認識はスタティック(静的)なものが対象になることが多いので、私もほぼ問題なくできていると思います。

吉川 私はまだ「〇 2~3年以内にできそう」というレベルかと思います。日本のセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズという会社が、ランドロイドというAIを使った全自動衣服折りたたみロボットを開発して話題になったんですね。あのロボットを見せていただいた時にふと思ったのが、「今のAIはグチャッと置かれた衣服も正しく認識できるのだろうか?」ということでして。例えば洋服が床に落ちている状態の画像認識は、まだグーグルでもできないのではないかと思います。

そもそも、そういう画像データがインターネットにアップされることが少ないので、パターン認識ができない。そこで、ランドロイドではまず服の一カ所を摘まみ上げ、もう一カ所どこかを摘まんで広げることで、画像認識AIが機能するようにしているのだそうです。この例から推察すると、AIはまだ同じTシャツでも「グチャッと置かれた状態」と「きちんと広げられた状態」とを認識できないのかもしれない。そういう意味で、今はまだ「〇」のレベルなのだと思います。

2. 会話を文章に変換する(音声認識)

シバタ 私は普段の仕事やnoteで連載している「決算が読めるようになるノート」の執筆で、頻繁に音声認識を使っています。それもあって、意味を理解せずに文章を整える、音声を正確に文字にするという点に関しては、かなりの精度でこなせると感じています。

前田 私はまだ懐疑的です。例えばいろんな音が入り交じる街中や自然の中では、雨風の音だったり他人の声など、多くのノイズが入ってきますよね? そういう状況下でも完璧に音声を認識できるかというと、まだ難しいのではないかと。VCという仕事柄、この分野の開発を手掛けるスタートアップも多数見てきましたが、精度の高いものはまだ見たことがありません。

吉川 ただ、この前の「Google I/O 2018」では、そういったノイズを取り除く技術も発表されていました。これが一般的に使えるレベルになれば、すぐ「◎」になると思います。

3. 自然文の意味を理解する

シバタ
 自然文とはいわゆる「人間の話し言葉」で、これをAIが理解するのはまだできていないと思います。今後2~3年くらいで、できるようになりそうという印象ではありますが。お2人はどうでしょう?

前田 一つ前のテーマと似たような回答になってしまいますが、人の話し言葉のあいまいな文脈を理解するのは、もう少したってからではないでしょうか。主要プレーヤー解説で説明した「Google I/O 2018」のデモでは、人間の話し手側が「AIでもある程度意味を予測できる会話」をしていたというか、シンプルさを意識した会話でした。あれと、複数人が同時に話す混沌とした状況とでは、AIに求められるレベル感が全く違ってきます。

吉川 その課題を解消する一つの手は、話し手のパーソナルなデータをクラウド側に保持しておくことです。例えば「私と前田さんは前に何度か飲んだことがある」というデータがクラウド側に蓄積されていて、そのデータとAIが連携すれば、会話のあいまいな文脈も読み解けるかもしれない。

前田 人間関係のような「会話の文脈を補足する情報」が、AIの裏側で走るという前提であれば、確かに認識率は上がるでしょう。

吉川 ただこの方法を採る場合、前田さんがおっしゃっていた「データのガバナンス」を考慮しなければなりません。だから、そもそもクラウドに過去の会話データや人間関係にまつわる情報を蓄積していいのか、そしてそれをAIとつなげていいのかという議論が、まさにこれから出てくるわけです。

今はグーグルが「クラウドとつながる前提」でさまざまなAIサービスを出していますが、仮にそれがダメだとなった時、新しいスタートアップの出番が出てくるかもしれないですね。

4. 自然文で会話する

シバタ これに関しては全員が「▲ 5年かかっても難しそう」という答えでした。

吉川 先ほど話に出てきた「Google I/O 2018」のデモみたいな形で、AIに頼む内容がある程度はっきりしている会話なら、もうすぐできるようになるかもしれないですが。他にも、駅の改札で「どこどこの駅まで行く切符を買ってくれ」とか。品川から東京駅に行きたい、品川から成田エクスプレスで成田まで行きたいといった類いの会話なら、すぐできるようになると思います。

前田 そうですね。

吉川 これが英語でも中国語でも、多言語でできるようにAIが進化すれば、2020年の東京オリンピックで素晴らしい「おもてなし」になる気もします。

後は、人間と同じように冗談が言えるようになれば完璧。人間同士の会話と同じで、大事なのは「オチ」なんです、多分。

前田 ある種、コマンドを入力していくような会話については私もそう思いますが、AIが本当の談笑相手になれるかと言うと、私は懐疑的です。

吉川 そうとも限らないのではないでしょうか。家族が何気ない独り言に付き合ってくれるとうれしいじゃないですか。あれを突き詰めて考えると、会話の相手が人間ではないほうがいい場合もあると思うのです。今後スマートスピーカーが普及することで、もしかしたら「人間じゃないほうが話しやすい」というシチュエーションも出てくるかもしれない。

前田 なるほど。確かに、セクハラや病気についての相談事などはそうかもしれません。シチュエーションによってはという前提付きで、同感です。

5. 転ばないように歩く・走る
6. 事故を起こさないように自転車・自動車を運転する


シバタ 2足歩行ロボットの開発で知られている米ボストン・ダイナミクス(Boston Dynamics)が公開している動画を見ていると、少なくとも「歩く・走る」はもうできているのではないかという気がするのですが、どうでしょう?

吉川 私はあのロボットが歩いているところを間近で見せてもらったことがあります。見た時は素直に「すごいな」と感じたものの、センサーもモーターもぐるぐる動くので、すごく大きな機械音がするんです。近くで聞いていると、それはもう兵器みたいな印象でした。

それと、ボストン・ダイナミクスの公開ビデオには出てきませんが、ロボットが動いている横には非常停止ボタンのようなものを持っている人が必ずいるんです。

シバタ では、まだ完璧ではないと?

吉川 ええ。やはり鉄の塊なので、危ないですよね。歩いているところを塀の外から眺めている分には問題ありませんが、まだソフトウェアのバグもあるはずですし、自由に歩いたり走ったりさせるのは危険だと思います。

前田 でも、タイヤが付いている状況で「走る」のであれば、ショッピングモールや屋外でもできることがたくさんありそうです。2足歩行ロボットに比べれば転倒のリスクは少ないですし、センサーで衝突のリスクを減らすこともできます。

吉川 ロボットの形態が2足歩行でなければいいのかもしれないですね。人間と同じ形に作る必要はないので。そういう意味では、多くの人に感情的に受け入れられるデザインを追求することのほうが重要かもしれません。

前田 そうですね。私がこの議論全体を通じて感じたのも、似たようなことです。AIによってリアルな世界、アナログな世界が劇的に変わるのはもう少し先で、まずは裏側の部分で技術の浸透が進むと考えています。今はインターネットを通じてさまざまなデータが集まっていて、それに対してAIがものすごいパワーで分析をかけている真っ最中。今後数年は、そこから人間にはできなかった発見、結果を導くというフェーズではないかと思います。

その中から結果を出すスタートアップが出てきて、大手企業に買収されたりIPO(株式公開)しながら、そこで活躍した人たちがAIを違う分野に広めていく。そういう流れで社会が変わっていくとするなら、今はその手前の段階です。データの整備・解析のような渋くて泥くさいところでAIを開発するフェーズであると感じます。

吉川 そういう意味では、AIの発展・普及にも、携帯電話やインターネットの歴史と似たような面があるのかもしれません。

初めて携帯電話が登場した1991年当時は、「携帯電話って何に使うの?」「家からかければいいじゃん」という反応が少なくありませんでした。その時は携帯電話が今のように広まって、カメラが付くなんてことを誰も想像できなかったわけです。インターネットも、誕生した当時は同じようなものでした。

シバタ そのお話から考えると、インターネットが登場して今までにもう20年近くがたっています。一方で、ディープラーニングを前提にした現在のAI技術が登場したのは2012年くらい。まだ6年しかたっていません。

吉川 ただ、90年代のインターネット黎明期は、動画を観たいと思っても通信回線の問題で観れませんでした。例えば1994年に世界で初めてインターネット中継されたローリングストーンズのライブは、私のパソコンでは1ビットも動かなかった。一方、AIはすでにかなり動いていますよね? ですから、AIがさまざまな産業に影響をもたらすようになるまでは、インターネットの歴史よりも短い期間で済む可能性があります。

ここから先の進化を早めるには、作り手側の想像力が大事になります。今は裏側で起きているイノベーションを注視しながら、AI活用の次の一手を考えていく姿勢が求められる。それを続けられる人や企業が、AIが本格的に普及してきた時、世の中を変える側にいるのだと思います。

日本企業、逆転のカギは「データなし学習」にある?

~未来予測 中国編 石黒邦宏氏に聞く~

この章の最後に、「かつての技術立国」だった日本は、AI分野おける米中の躍進をどう見るべきか? という点を石黒氏と議論しました。

シバタ AI分野での中国はもう「欧米の後追い」ではなく世界のリーダー的存在になろうとしていて、そのために米国で働く優秀な中国系研究者を引き入れながら大量にAI人材を育てています。

石黒 本当は、日本にも同じことができるはずなんです。確かに現在の中国には潤沢な資金があって、それに比べて日本は投資に回せるお金が少ない。人材面でも、今の中国系研究者の勢いには勝てないでしょう。でも、「国策としてAIに投資する」ということだけなら、金額の大小はさておき真似できます。そういう意味では、中国に学ぶことは非常に多いと言えます。

吉川 それと、日本の大企業はAIのような最新技術を使おうとなった時、PoC(Proof of Concept。概念実証のこと)からやろうとしますよね? それに比べて、今の中国企業はPoCなんてほとんどやらず、一気に何百万人、何千万人のユーザーにサービスを広めようとしています。このスピード感も見習うべきです。

石黒 AIが起こすイノベーションには、明確な順番があります。最初に技術的なイノベーションが起きて、新しいアルゴリズムが誕生した後に、「このマーケットで使えるかもしれない」というビジネス面でのイノベーションが起きる。

そしてこの「ビジネス面のイノベーション」にも順番があって、はじめにスタートアップがチャレンジし、その後に資金力のある大企業が参入し、そのプロセスでさまざまなトライアルがあった上で実際に使えるサービスが出始めるのです。こうしたイノベーションのサイクルをいかに素早く回すかが勝負の分かれ目であって、日本は米中に比べてかなりの周回遅れになりつつあります。

シバタ そういう現状の中、日本のスタートアップや大企業はどう戦っていったらいいのでしょうか?

石黒 「日本は周回遅れ」と少々キツい表現をしましたが、一方ですごく良い時代でもあるのです。というのも、AIに関する研究や新しいアルゴリズムは、ほとんどがオープンソースとして公開されているので、それらを使う側には何の制約もない。ですから、後は「この分野にベットするか、しないのか」を意思決めするだけというか。

吉川 個人的には、もうこの賭けに乗るしかないと思います。片道切符みたいな感じではないでしょうか。

石黒 そうなると、やはり中国のように国の支援が必要だという議論になりがちですが、私はそうでもないのではないかと思っています。なぜなら、AI研究の歴史を見ても、大きく進歩をした時に国のバックアップがあったわけではありませんから。

また、これまでのAIビジネスで日本企業の弱みになっていた「学習用データの量と質」も、アカデミックな領域でデータのいらないディープラーニングの研究が進んでいけば、ハンデではなくなるかもしれません。

シバタ そのお話、ぜひ深掘りさせてください。今までのAIビジネスでは、個人情報を含めたユーザー情報や、行動履歴をデータとして持っていればいるほど強者になれたわけですよね? だからグーグルが強い、フェイスブックが強い、中国は人口そのものが多いからすごいとなっていた。

それが、「データを持たなくてもゼロからAIが学んでくれる」状態になっていくのであれば、日本でもAI関連のスタートアップが躍進する可能性があると思いまして。この「データなし学習」の研究は、今、どんな進ちょくなのでしょう?

石黒 アカデミックな世界では、ここ2~3年でビックデータを必要としない、あるいは少ないデータセットでもちゃんと学習できるAIの研究が盛り上がっています。もっと言うと、囲碁AIで有名になったディープマインドが開発した「AlphaZero」のように、データがゼロでも自分自身で強化学習していくようなAI研究が進んでいます。

これは何を意味しているのかというと、究極のAI研究とは「人間の脳がどう動いているか?」を解明することなのです。人間は、生まれてからある程度物心がついて、物事を認識し始める間に、そんなに大量のデータを蓄積していないですから。

こういった研究の成果がビジネスシーンにも応用されるまで、まだまだ時間がかかるでしょう。しかし、今後のAIの進化をつぶさに見続けていけば、日本企業にもこの分野での勝機が出てくるかもしれません。

これでChapter01:人工知能の章は終わりです。長文をここまで読んでくださった方々に感謝しつつ、内容、いかがでしたでしょうか? 人工知能の進化は、本書で章立てした他産業(自動車/金融/小売り/製造業・ロボット/農業・飲食業)のビジネスモデルも変えていくでしょう。実際、他の章でも「AIとの掛け合わせで生まれる新ビジネス」がたくさん紹介されているので、ぜひ詳細をAmazonページでチェックしてみてください!


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